鉢雷卒業後捏造
それは、と言葉を呑んだ僕に山田先生が「見覚えがあるだろう?」と眉根を寄せた。星霜を重ねた額の皺がますます厳しくなり事態の深刻さを物語る。ずい、と僕の方に差し出された手紙は端が焦げていた。暗澹とした匂い。黄泉が染み付いているようなそれの封の徴。正六角に蓮の花。覚えがある。忘れるはずがない。だってそれは…
「不破、頼むっ! 教えてくれ。あいつは、鉢屋はどこにいるんだ」
がくん、と揺さぶられ引き戻される。必死な形相の土井先生の指先が僕の方に食い込んでいた。がちり、と抉り取るような勢い。痛い。だがその言葉さえも言わせない程に先生に縋られる。からからと干上がっていく喉。だが、それを差し引いても僕には言えることがなかった。
(あれ以来、一回も会ってないのだから)
この状態では、何の慰めにもならないだろうけれど。でも、言えることは何もない、それが全てだった。
「鉢屋のことを一番分かってたのは不破、お前だろう? 今回の学園襲撃について何か知らないのかっ!?」
ぐっと胸が圧迫される。肺腑が軋みうまく息ができない。
「半助っ」
「あ…」
掴まれた胸ぐらから、だらりと土井先生の腕が抜け落ちた。山田先生に抑え込まれ、ようやく詰め寄っていたことに気づいたらしく、すまない、と項垂れられる。ようやく呼吸を整えることができた僕は「いえ」と首を振った。
「悪いな、不破。半助も気が立ってるんだ。…今回の襲撃に六年は組が巻き込まれてな」
「えっ? 乱太郎たちが?」
「あぁ。幸い大きな負傷者はでなかったが…」
遠く長屋に投げられた眼差しは酷く辛そうなもので、信じたくはないが襲撃があり被害が出たのは事実なのだろう。ただ、どうしてもこれだけは、と想いを口にする。
「…本当に三郎が襲ったのでしょうか?」
「というと?」
「いくら三郎でも大好きだった後輩の命を奪うだなんて」
「…わしらも信じたくはない。だが、襲撃者が落としていった手紙をどう説明する?」
突きつけられた鉢屋の紋がぐにゃりと歪む。そう、それは紛れもなく彼の家が誇示する紋様だった。見間違えるはずがない。
「それは…」
唇を噛むしかなかった僕に、ようやく息を落ち着けた土井先生が呟く。
「これがなければ我々も鉢屋だとは思わなかったのだけれども、な…」
「学園長先生は何て仰ってるのですか?」
学園の全てを司る長の想いが聞きたくて尋ねたのだが、土井先生から返ってくるのは鎮痛そうな息遣いだけだった。きつく結ばれた唇からは、どれだけ待っても出てくるものはなくて。それを見兼ねたのだろうか、土井先生の代わりにことばを発したのは、乾燥のあまり皹割れた大地のような広大な皺を眉間に刻んだ山田先生だった。
「…討伐、と」
「え?」
心臓を裏側から暴かれたような気がした。
「学園を仇なす人物は全て討ち取る「そんな馬鹿なことが」
思わず遮ったが、「鉢屋は第六天魔王に与したと見て間違いない」とはっきりと言われてしまった。濁り血走った目に痩けた頬。苦悶に満ちた表情をした山田先生の、乾き切り皹割れた唇から宣旨が告げられた。
「不破、お前に討伐隊の先駆けを頼みたい」
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ってな卒業後捏造話を書きたい
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