鉢久々、文仙前提の文→→→←←←久々(?)

(あ……)

掲示板の前。まるで葉が落ちた木立のごとく、微動だにしない影は待ち合わせ相手ではなかったが、知った顔だった。仲間内と一緒にいる時はよく話をするが、俺自身はさほど親しいわけではない。そんな微妙な立ち位置の先輩だ。どうも、と一応頭を下げておく。それで終わるかと思いきや、話しかけられた。

「待ち合わせか?」
「あーはい。先輩もですか?」
「あぁ」

ず、っと啜った鼻は赤く、かなり前からこの場所にたっていたんじゃないだろうか、と推察できた。だが、そのことを口にするような間柄の距離じゃない、と唇を閉ざす。手持ちぶさたになった指先がコートのポケットにあるはずの携帯を探す。と、

「ん」

ずい、と俺の視界を過ぎった。それが先輩の手だと気づくのに数秒遅れたのは、それがあまりに冷たい色合いをしていて、人のものとは思えなかったからかもしれない。

「え?」
「おめぇにやる」
「どうも」

ずん、と掌に落ちた重みから先輩の無骨な手が放れた。缶コーヒー。ブラックか、と心の内でため息を零し、中途半端な温かさから随分前に買ったのだろう、と想像がつくそれを握りしめた。

「何だ、飲まないのか?」
「……いえ」

先輩の言い様は普通だったが、どこか子ども扱いされた感じがして俺は首を振った。これで相手がもし立花先輩だったらこんな温いの渡さないだろうな、と思いながらプルタブを開ける。一口だけ含めば、ざらりとした苦みが波打った。それを無理矢理喉奥に押し込める。生ぬるさが完全にどこかにいった頃、鉄錆びた味が舌から沈殿した。想像していたものに、俺は缶を唇から離す。

「別に熱くなかっただろ?」

睫が落とした影によって、潮江先輩の隈が色濃くなった。先輩が疑問に顔をしかめたのだが、不思議に思うのは今度は俺の方だった。どうして俺が猫舌と知っているのか、と。だけど、そのことを口にするよりも先に「別に毒なんて入ってなんかねぇって」と、おもしろくもない冗談できっかけを潰されてしまった。

「もしかして、ブラックが飲めないとか?」
「……飲めます。けど、あんまり缶コーヒーが好きじゃないんで。好きじゃないというか、鉄錆びた感じがして美味しくないというか」
「……じゃぁ、何で受け取ったんだよ?」
「一応、先輩ですから」

とりあえず正直なところを口にしたのだが、返ってきたのは何とも面白くない答えだった。

「お前、だんだん鉢屋に似てきたな」

どこが、と反射的に突いた問いに先輩は答えてはくれなかった。ただ「昔はもうちょい可愛げがあった気がする」と続けた先輩は笑っていて。あからさまに子ども扱いされていることに腹立ち、ついつい「先輩だって、そういうところ、どこぞの先輩に似てきましたね」と言い返せば、さ、っと表情が落ちた。

「あいつの、仙蔵の名を出すな」
「別に立花先輩って言ってませんけど」

苦虫を潰したように唇をひん曲げた先輩は「やっぱり鉢屋に似てきた」とぼやいた。

「似てませんって。あいつに似てるなんて二度と言わないでください」
「仕方ねぇだろ。似てるんだから」
「仕方なくないです。……先輩だって立花先輩に似てるって言われたら、どんな気持ちになります?」

あー、と喉で空気が捻り潰されたような声が出た。同意した声色に「でしょう?」と確認を取れば「あぁ」と頷き掛けて、次の瞬間焦ったように「お前、それあいつの前で言うなよ」と先輩は辺りを見回した。

「言わないですよ。俺だって命が惜しいですから」

そう口にしたのだが先輩の目線は俺を飛び越えて別の所にあった。何だろう、と振り返ろうとした瞬間、ぐ、っと手を引っ張られ、体が傾く。

「兵助っ」
「あ、三郎」
「おぅ、鉢屋」
「こんなところで何、油打ってるんだ?」

眉間に深々と突き刺さった三郎の皺を眺めながら、こんな言いようをされる理由が分からないまま「お前が来るのが遅いからだろ」と答えれば、分が悪そうに三郎は口の端を沈めた。潮江先輩が「おい、俺のことは無視かよ」と割って入ったが、三郎はちらっと視線を投げただけで「仕方ねぇだろ、授業が延びたんだし」とすぐに俺を見遣る。

「だったら、メールの一つでも寄越してくれたらいいだろ。図書館とか行ってたのに」
「お前らな、人のこと、何無視ってるんだよ! おい鉢屋!」
「あー、悪かった悪かった」
「そんな風に言われても、全然、悪いって感じがしない」

すごく寒かったんだぞ、と零せば、ふ、と俺の手の缶に視線が移った三郎の眼差しが疑問に落ちた。

「何それ?」
「さっき潮江先輩にもらった」
「ふーん。……あ、どーも、潮江先輩」

今更挨拶をした三郎が唐突に「兵助はココアの方が好きなんで」と人の好みを暴露しやがった。せっかく隠したのに、と気恥ずかしさから「三郎っ!」とどやしたが、言われた本人は飄々とした笑みを浮かべながら「ほら、さっさと行くぞ」と俺の腕を、再び、ぐいっと引っ張った。その力強さに「ちょ、三郎」と抗議の声を上げるが、無視される。

「あ、そうだ、潮江先輩。立花先輩から伝言。『演習室に来い』だそうです」
「てめぇ、それを先に言えよ」

やんやと騒ぐ二人の声に、たぽん、と手の中にある缶コーヒーが揺れた。







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