竹久々(現代)

変な効果音に、ふ、と本から顔を上げれば、適当に流し見していたDVDはいつの間にか最初のメニュー画面に戻っていた。手を伸ばせば届く範囲の床に放置されているレンタルショップの黒い袋を手繰り寄せる。がさごそと漁ってDVDに印字されているvolを見たが、どうやら、今見ていたやつが一番番号の新しいやつだったらしい。他のものは全部見てしまっていたようだ。

(まぁ、じゃぁ、いっか)

新しいDVDがあったらそれを入れ換えに立ち上がろうかと思ったけど、ないならわざわざ止めに行くのも面倒だ。床に転がってるゲームのリモコンは、生憎、手から届く範囲にない。時々流れる効果音さえ我慢すれば、別に今片付ける必要もないだろう、と消すのを諦め、DVDが入っていた袋を脇にどけた。

(明日のバイト帰りに新しいの借りてくるか……あー、けど、ハチのやつ一緒に行くって言うかな)

シリーズ物だが、一本一本は独立して見れるのが俺は気に入っていたが、ハチはもっとドンパチしたのが好みだという。今回はたまたま俺がバイト帰りに一人でレンタルショップに寄ったから、こういうチョイスになったわけで。まぁ、だからといって全く見ないのかっていうと、そういうわけでもない。俺がDVDを見ていると、いつの間にか隣にハチがいたりするのはざらで。その逆もまた然り、だ。譲り合いというよりも、単に、お互いに適当なんだと思う。

(まぁ、だから成り立つんだろうけど)

好みの不一致だなんて腐るほどあるわけで。他にも例えば音楽の趣味だったり、朝食の時に見るテレビ番組だったり。一番重要な飯だってハチはがっつり脂っこいものが好きだが、俺はどちらかといえば、さっぱりとした和食の方が好みだ。もっと細かなことを言えば、洗濯物の畳み方だとか、トイレに出るときのスリッパの向きだとか、風呂に入ったら蓋を開けておくかどうかとか。

(こうやって考えると、よく続いているよな……)

育ってきた環境が違うのだから、当たり前と言えば当たり前なんだろうけれど、突き合わせて考えてみれば、まぁ、あれやこれやと出てくるわけで。それでも、ハチの部屋に転がり込むようになってから、もう半年だ。とりあえず、今はまだ自分が借りている部屋もあるのだけれど、この春にはそのアパートを引き払う予定でいる。

(一年前の自分からしたら、信じられないな)

親には「仲のいい友だちと棲むから」という、まぁ、嘘を吐いたわけだが(正確に言えば友だちじゃなく恋人なわけで。この辺りは、また、いつかどうにかしていかなければならないことなんだろうけど、とりあえず嘘も方便だ)その時にやたらと追求されたのは、一緒に棲む相手が女の子と思ったから、ってのじゃなく、ちゃんと相手とやっていけるのか、という心配からだった。小学校時代から「成績は何も問題ないのですけど、ちょっと協調性が……」なんて言われ続けてきたのだ。

(一応、それなりに相手に合わせることも覚えて友人関係は築いてきたつもりだけどな……)

それでもそうやって合わせれるのは、一日の内の数時間、相対している間だけだ、と割り切っている可能なわけで。長時間だと、ぐったり疲れてしまう。ここでひとり暮らしを始めるときも、友人の溜まり場にならないよう、わざわざ大学から遠いところにアパートを選んだのだから。四六時中、誰かと一緒にいるなんてありえない、って思ってたから、俺自身、まさか誰かと一緒に住む日が来るなんて、思いもよらなかった。

(けど、ハチだと不思議と、いれるんだよなぁ)

どうして、って問われると、分からないけれど。

「兵助、風呂の栓抜いていいかー」

ばん、と勢いよく開いたドアの音に続いてハチの声が部屋に飛び込んできた。さっき自分が脱いだ服を放り込んだ洗濯カゴのことを思い出し、振り向きざまに「おー、洗濯物、ないだろ」と答えれば、視界にもこもこと羊のような湯気が入り込む。どうやら風呂場のほうのドアも開け放ってきたようだ。ふわり、と柔らかな温かさが部屋に広がる。

「あぁ。今日、脱いだヤツだけ」
「なら、いいよ。抜いちゃって」
「と思って、抜いてきた」

器用に片手だけを使ってタオルで髪を拭きながら、ハチがこっちにやってきた。ぺたん、ぺたん、と、生乾きの足音は、すぐにラグに吸い込まれる。すとん、とシャンプーの匂いが降ってきた。隣に座ったハチから漂う優しい香り。俺も髪を洗ってるから同じ匂いがしているのだろうけど、自分じゃ分からない。元々は俺がこの部屋に持ち込んだ私物のなかの一つだった。俺がこの部屋のシャワーを使い出した頃、浴室にはリンスインシャンプーしかなくて。別にお洒落に拘るタイプじゃないが、さすが、朝起きて髪が絡まりまくるのが嫌で、自分のアパートから持ってきたのを、そのままハチが使うようになったのだ。

(その割に、あんまり髪質が変わったようにも思えないけど)

ハチのごわごわとした髪はてっきりリンスインシャンプーのせいだと思っていたけれど、一緒に棲むようになってそれがどうやら違うらしいということが分かった。シャンプーやその後使うやつも同じだっていうのに、毎朝、ハチの髪は大爆発を起こしているのだから不思議なものだ。

(まぁ、それはそれでいいけど……ハチの髪、好きだし)

ぼんやりとそんなことを思いながら見ていると、ハチがテレビ画面を顎でしゃくった。

「何、DVD、終わったの?」
「あぁ」
「次のは?」
「全部見終わった」

俺がそう答えるとハチは「だったら、消せばいいのに」と、立ち上がって床に転がっていたリモコンを拾った。俺が「だって面倒だったし」と返すと小さく笑って「兵助って見た目よりずぼらだよな」とリモコンのスイッチを押した。効果音が、ぷつん、と途切れ、唐突にできた静寂もハチが忍び笑いをしていて、温かなものだった。

「悪かったな」
「いや、そういうとこ、俺は好きだけど」

恥ずかしげもなく、さらり、と言われて、こっちの言葉が詰まってしまう。

「……DVD、明日、返しに行ってくる」
「兵助、バイト9時までだよな。なら、15分に迎えに行く」

こういう瞬間、以心伝心、って言葉が頭に思い浮かぶ。何でもないことなんだろうけれど、ちょっと、ほわり、とするのだ。同じ事考えてたんだな、って。好みも違うし、育ってきたところも環境も違う。性格だって、どちらかといえば正反対だ。知っている仲間内から不思議がられることも多い。それでも、世の中には凸凹がぴったりはまるパズルみたいなことがあるんだろうな、なんてハチといると思うのだ。

「ん、じゃぁ、裏で待ってる」

おー、と相槌を返したハチは、わしゃわしゃ、と3回だけ髪をかき回すと、すぐにそのタオルをでっかいビーズクッションの上に投げ出した。仕方ないな、とそれを立ち上がって取りに行こうとすると「あとで洗濯カゴのなか入れておくから」とハチが慌てて弁明して俺を引き留めた。それが、おかしくて、つい噴き出してしまった。怪訝そうな目差しに答える。

「違う。そのまま放っておくと、風邪引くぞ」

俺の言っていることが理解できないのか、ぽかん、と口を開けてこっちを見ているハチを置いて、俺は今度こそ立ち上がった。クッションにいってしまったタオルを拾えば、ほとんど水気を含んでいなかった。手にしたそれを、背後からハチの頭にばさっと落とす。

「わっ」

急に視界が奪われて驚いたのかハチが素っ頓狂な声を上げたけれど、それを無視して俺は、わしゃわしゃとハチの髪をタオルで撫でた。少しタオルを髪から離せば、ふわり、とするシャンプーとそれからハチの匂い。陽だまりみたいな、温かな匂い。ひどく倖せな気分になって、

「兵助?」
「ん、なんでもない」

俺は、そっとハチの髪に顔を埋めた。












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