5年

※11月十色の無配に加筆修正

「チェックメイト」

凛然とした兵助の声が談話室に響いた。うぇ、っと間抜けな音が俺の口から漏れ出る。展開に頭が付いてってねぇ。必死に縋り付いて、

「待っ「待たない」

それでも、まさか、と思いながら盤面を覗いて頭を整理しようと、兵助を手で制止ながら「え、頼む、待って! タンマ」と叫んだものの「待たない」と、あっさり一刀両断された。

「タンマって。頼む」
「さっきも、そう言って、一回譲ってやっただろうが」

きっぱりとした言いようは、白と黒のコントラストしているチェスボードのようだ。というか、チェスそのものが兵助と似ているのかもしれない。理詰めではっきりとした道筋が辿れるところなんか、特に。つまりは、俺が苦手とするゲームの類で(というか、あまり室内ゲームは得意じゃない。体を動かしている方が、よっぽどいい)

「頼むって、一生のお願いだ」
「ハチの一生のお願いってのは、何回あるんだよ」

完全に呆れた眼差しを向けられ、ついでに溜息まで吹きかけられる。自分でも悪あがき、っつうのは、分かってた。けど、どうしても、このまま負けるのが癪で。もうひと押ししようか、と思っていると「何だ、もう交代か」と嫌みったらしい声が届いた。

「どれどれ」

そう言いながら近づいてくる三郎が心底うぜぇ。さっきまで、ぱちぱちと火が爆ぜる暖炉の前で寝ころびながらレポートをやっていた三郎の傍らでその課題を書くための本を読んでいた雷蔵も付いてくる。ちらりと盤面を一瞥しただけで、三郎は俺に呆れた視線を浴びせた。

「あー、こりゃ完全にチェックメイトだな」

すると同じく駒の位置を見遣っていた雷蔵が「本当だね」と呟いた。それから、不思議そうな顔を「でも、さっきまで、いい調子じゃなかったの?」と俺に向けた。そう、さっきまで、俺と兵助は互角の戦いをしていたのだ。ある意味で。雷蔵たちとは反対側の方から恨めしげな声が俺の頭を締め付けた。ある意味の正体、勘右衛門だった。

「ふん、だから俺の言ったとおりにすればよかったのに」

ソファに身を沈め、クッションを抱え込んで唇を尖らせている勘右衛門は、さっきまで、俺の傍で「だからさぁ、そのポーンがさぁ」と色々とアドバイスをしてくれていて。それで兵助ともいい勝負をしてたんだが、あまりにも、やいのやいの言ってくるものだから、いっぱいいっぱいになってしまって。つい、途中で言ってしまったのだ。

「わーってるって。分かってるから、静かにしてくれよ」

当然、勘右衛門は怒ってしまって見放されて。------それから五手も進まずに負けてしまった。


「ま、お前が自力で兵助に勝てるわけないだろ」

痛い一言を投げた三郎はボード上に並んでいた駒を並べ直した。えげつない笑み。

「さて、勘右衛門。勝負しようか」
「いいね。何を賭けようか?」
「学食のAランチとか?」
「そんな安いの賭けるだなんて、鉢屋は俺に勝つ自信がないんだね」

チェスボード上でそんな怖い攻防を交わす二人に、俺はとばっちりを食わないよう(それこそ、ぶつかってチェスボートをひっくり返したりしたら、まじ腹切りもんだ)慌てて、雷蔵と兵助の近くまで下がったが、二人とも何てことないような、ごくごく普通の表情だった。

「まさか…お前が負けたときに泣きを見ないように、っていう優しい心遣いさ」
「笑止」

友好的な笑みを浮かべて会話を紡いでいるけれど、目が笑っていない二人は、すげぇ怖い。ぼくっ、と暖炉の中で燃え盛っていた木が下に落下した。続いて、ぱち、っと爆ぜる音がした。まるで、勝負開始の合図を告げるかのように。三郎の手にあった駒が躍動しだして---------

(まじ、こいつら、えげつねぇ)





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -