竹久々(現代)

夜に吐き出された二酸化炭素はピンク色にふわふわと染まっていた。アルコールに笑う足は、もつれて中々進まない。前へ三歩、後ろへ一歩。まるでジェンカみたいな歩みだったけれど、酔っ払っている俺たちには、それですら楽しかった。小さな石に蹴躓くたびに、電柱にぶつかりそうになるたびに、ケタケタと笑い続けている兵助を見れば、うなじまで酔いに色づいていて、どきり、と心臓が跳ねた。

(いや、心臓だけじゃねぇ)

体までもが動いたのだろう、手から下げたコンビニの袋ががさごそと揺れた。長い間、ほっつき歩いていたからだろう。夏の熱帯夜のことを考えれば涼しいはずなのに、中にあるビール缶はすっかりと汗をかいてビニル袋に貼りついているのが白い袋から透けて見えた。つまみとして買った柿ピーのオレンジが、やけに目に付く。店から出る時に「俺が持ってくって」と、どれだけ断っても「だって、重たいだろ」と頑として譲ってくれなかったために、二人で持つはめになったのだが。

(こうやって影だけ見てると、手を繋いでいるみたいだよなぁ) 

踊るような歩調をした足元の影は、ぴったりとひっついていた。



***

俺と兵助は、高校の同級生だった。友人の友人、というごくごくありふれた繋がりだったけど、俺にとって兵助は特別だった。ただ、そのことを彼に伝えたことは一度だってない。一緒に時を過ごすことが、あの頃の俺たちにとっては永遠で。こうもあっさりと、その関係が切れると思ってなかったのだ。

高校卒業から10年。携帯電話のメモリから彼の名前が消えて久しい頃、俺は偶々、兵助と再会した。もし忘れられていたら単なる変質者だな、と思いつつ、「兵助」と声を掛ける。すると、間髪いれずに彼は「あ、ハチ」とあの頃と変わらぬ笑みを見せたのだ。それで、ついつい「飯でも食わねぇ」と誘い、その場にアルコールが含まれて気が大きくなった俺は「もう一軒、飲みに行こうぜ」という流れを作り出し、そうして気が付けば「終電逃したら、うちに泊っていけよ」とコンビニで歯ブラシを兵助に買わせていた。

別にどうにかこうにかしよう、と思っていたわけじゃねぇ。そりゃ、全く期待してないのか、と言われれば嘘になるけど。けど、とにかく久しぶりの再会の喜びを分かち合いたかったのだ。



***

「悪ぃな、ひどく散らかってる」

ぱちり、と弾けた灯りの下で、ぱ、っと現れたのがスケッチブックの山だった。

(やべぇ、そのまんまだ)

抜け殻のような布団は、寝坊した体型のまま残されている。今日、誰かを家にあげる予定などなくて、特に片づけをするわけでもなく、目覚めたままの状態で飛び出したのだ。何も書かれていない、白紙の部分ならばいい。だが、俺のスケッチブックには女物の下着でいっぱいに埋められていた。別に変質者でもなんでもねぇ。下着デザイナーという職に俺は就いているのだ。さっき、兵助に「今、何の仕事をやってるんだ?」と問われて、つい「アパレル関係」と誤魔化した。嘘ではない。けど、気恥かしくて、口に出せなかったのだ。

(こんなの兵助に見つかったら、まずい)

慌ててスケッチブックをかき集めて棚にしまえば、仕事で使う紙資料は昨日まとめたのが幸いして、とりあえずのところ職業がばれるようなものは目に付くことはなく、ほっとしながらコンビニ袋を床に下ろす。それから、部屋のドアの近くでどうすればいいのか分からない様子で立っている兵助に「適当に物どけて座って。グラス取って来るから」と声を掛けた。彼の「あぁ」という了解の返事を受け、キッチンに向かう。

すでに出来上がっているせいもあるのだろうけど、足取りはすごく軽かった。シンク横にある食器かごから割と綺麗なグラスをひっつかむと、慌てて部屋へと戻る。早く飲みたかった。だが、兵助はまだ入り口で立ち尽くしていた。どうしたんだろう、と顔を覗きこむと気まずそうに視線を逸らされる。

「……ごめん、彼女に謝っといてくれ」

渦巻く疑問は、兵助のその言葉でますます混乱に突き落とされた。いったいどういうことなのだろうか。

(謝っておいてくれ、って言われても、俺には彼女はいないし)

問い返そうとした瞬間、は、っと気付いた。アルコールとは別の色で染められた頬をした兵助の視線の先にあったもの。それは、俺の仕事の資料、つまりは本物の、女性用ブラそのものだった。

「悪い、物どけていた時に、彼女さんの下着、見てしまって」






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