鉢久々

「あー甘い物食いたい」

ぼけ、っと気だるさに身を任せていたら、唐突に隣で寝ていた三郎が騒ぎ出した。最初は無視していたが、「甘い物、甘い物。何でもいい、甘い物がないと私死んじゃう」なんて、どこぞの女優か、ってなよなよした声を上げてきて、あまりの煩さに「どうぞご自由に」なんて言ってやると「兵助、冷たい」と女声で噛みつかれた。はぁ、と大きく溜息を一つ零す。

「無茶言うなよ、俺の家にあるわけねぇだろ」

甘党じゃないの知ってるくせに、という含みを込めれば、三郎は俺に覆い被さるようにしてこちらの顔を覗き込んだ。三郎が持ち込んだルームライトが変に反射して、ぐ、っと深い陰翳を刻んでるせいか、その面持ちはどこかの古びた映画に出てくる男優を思い起こさせた。

(どこの誰かは忘れたけど)

首筋に、すっ、っと赤い筋が浮かんでいて、ちょっと痛そうだった。ベッドに雪崩れ込んだ直後はそんな痕なかった気がするから俺が付けたんだろうか、と思ったけど、覚えがない。これで所有印とかの意味合いがあるのなら可愛いもんだが、生憎、俺にはそんなつもりはみじんもなかった。さっきの余韻に向いていた意識は三郎の「甘い物〜」という叫びによって、引き戻された。甘さも何もない。それが俺とこいつとの関係なんだろう。海外で知り合った三郎と日本に戻ってからもこうやって続いているのは、俺の人生の最大の不思議だった。

「ってか、三郎、お前、そんなに甘い物好きだったっけ?」

のし掛かってくる三郎を邪魔と言わんばかりに押し返し、俺の頭上から追い払う。体を横にして三郎と向かい合いになれば、さっきとは別の角度から影が彼を抉った。最近、腹が出てきた、なんて言っていたが、見慣れているせいか、あまり分からない。中途半端に掛かっているシーツを足でたぐり寄せていれば、三郎が笑った。

「や。けど、セックスした後って甘い物食いたくならねぇ?」
「ならねぇし。お前だけだろ、それ」

体力消耗するんだよ、なんて喚く三郎を「年だな。××」と放送禁止用語も交えて一蹴する。と、さすがに堪えたのか、急に黙りこくってしまった。「どーせ、おじさんですよ」といじけだす三郎が可哀想になったってよりも鬱陶しくなって。何か別の話題を、と思って、ふっ、と狭いワンルームの冷蔵庫が目に止まった。

「あ、そういや、クリスマスケーキあるけど、食うか?」
「お、いいね」

三郎に巻き付いていたシーツをはぎ取って、俺は適当に腰に巻いた。恥じらいってよりマナーだ。「きゃ、えっち」なんて騒いでいる三郎を無視して、冷蔵庫を開ける。小型のそれは、普段はビールだけが山積みになっているのだが、今日だけは違った。小さな白い箱。触ったら、そのまま壊れてしまいそうな、華奢なそれを取り出す。

「皿、皿っと」
「いいよ、皿なんて。手づかみで食うし」
「いいけど、シーツに落とすなよ」

どんなケーキが入ってるのか見てないが、ホールケーキでないことは確かで、三郎の言うとおり手づかみでも食べることができるんだろうけど、下手したらぐちゃぐちゃになるんじゃないだろうか、と思う。けど、運ぶのが面倒になって、そのまま箱ごとベッドに持ち帰る。

「ん」
「サンキュ。ついでに、あーん」

雛鳥みたいに口を開けている三郎に、やりたいことは見当が付いたけど、一応言っておく。「何?」と。すると三郎は「兵助、食べさせてよ」とにこにこと笑って見せた。馬鹿だろ、と言いたいのを我慢して「何で?」と聞いた。すると、三郎は「クリスマスだから」なんて訳の分からないことを口にした。

「もう26日なんだけど」
「いいじゃん、ニューヨークはまだ25日だし」





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