竹久々

寒さに編まれた息は白く俺の少し先を滲ませた。昨夜、さんざん騒ぎ疲れてまだ皆眠っているのだろうか、街は静かだ。いつもならば、甲高く響くタクシーのクラクションも、今日ばかりはやけに遠慮がちに聞こえる。街中が聖なる夜の余韻に浸っている朝を、俺は特に目的もなく、ただ歩いていた。自分だけがクリスマスを祝ってないような、妙な気持ちになる。

(人、全然、いないな)

ゴーストタウンと化した大通りからそれ、脇にある小道から公園へと入っていく。この場所を見つけた当初は驚いたものだ。こんな都会に、こんな場所があるなんて、と。母国とは違う文化や習慣に強いられていた緊張。その緊張が、不意に解けていくのがわかった。それが初夏のこと。冬ともなれば木の葉は枯れ落ち、あの時に感動した眩い溌剌とした明るさはないものの、日々、ゆっくりと変化していく自然は、都会の目まぐるしいスピードに乗り切れない俺にとって憩いの場所だった。

(さすがに、朝一は寒いけど)

翼を凍らせた小鳥たちに円らな瞳を向けられた。そういえば、いつも公園で餌を撒いている老人も、今日は見かけなかった。どこか期待に満ちた目で見られたけど、あいにく、パンの一かけらも持っていない。朝の散歩ついでにいつも買う、スタンドのベーグル販売もないのは、ちょっと想定外だった。けど、よく考えれば、すぐに分かった。


(そうか、クリスマスは祝日か)

昨日は自分もこっちでできた友人たちとパーティーをしていたし、何より街がそれ一色に染まっていて、クリスマスだということは実感していたけど、この国の生まれじゃない自分にとっては、やはりどこか遠い世界で。朝、目が覚めれば一人暮らしの自分の枕もとにプレゼントがあるはずもなかった。そんなこと当たり前なはずなことなのに、どうしてだか、すぅ、と胸の辺りが冷えて、独りでいたくなくて部屋を出たけど、

(メリークリスマス、か。……どのみち独りだったな)

クリスマスの朝がこれほどまでに人がいないとは思いもよらなかった。いつもなら通勤や通学、朝のジョギングや散歩で溢れかえっている人や車も、今日はほとんど見かけない。この季節特有の暗い色彩では人々のカラフルな服装が明るさを綾なしているのに、人がいないせいか、いつも以上に落ち込んで見えた。それは公園に来ても同じで。人気が本当にない。この世界にただ独り取り残されたみたいだ。己の存在を確かめるために声を上げる。

「悪いけど、何にもないんだ」

他を当たってくれないか、と足元に寄ってくる小鳥たちに、両手を広げ何もないのだと示すようにしながら、言い聞かせる。と、不意に、くく、っと喉で留めるような笑い声が耳に届いた。まさか他に人がいるとは思ってもいなく、羞恥にかっと頬が熱ばむ。咄嗟に事訳しようとふり返れば、

「メリークリスマス」

へたくそな英語を口にした男が、笑顔でそこにいた。初めてこの場所を訪れたの時に感動した初夏の光のような、ぴかり、とした笑顔で。それを見た途端、胸に温かさを覚えた。幼い頃、枕元に置かれていたプレゼントを見つけたときのような、倖せな温かさを。

「メリークリスマス」

気がつけば、自然と俺の口は緩んでいた。






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