文仙

部屋に戻るなり電気を点ける間もなく、どさり、と被さってきた仙蔵の熱が耳元に掠れた。

「今から、するか?」

何を、とは言わなかった。ただ、上衣の袖の隙間から入り込んで手首を撫でる奴の指先の動きは妙に艶めいていて、『何を』と言わなくても推測できた。それ以上、訊ねるほど俺も野暮じゃねぇ。ただ、気になったのは、

「……お前、呑んでるだろ」

帰り路、隣を歩いている時から感じていたアルコールの匂いは、俺の奴の長い睫毛が肌に触れそうな至近距離の今、こちらが逆上せるほどに強い。一体、何倍呑んだのか。一見、顔色があまり変わらずにいるためにワクだザルだと思われがちな仙蔵だが、呑んだときのことをほとんど覚えていないのだから性質が悪ぃ。

「当たり前だ。呑まずにやってられるか、こんな恰好」

とろりと蕩けた目はいつもの冷静なものじゃないが、憤慨している声は思ったよりもしっかりとしていた。部屋が薄暗い上にぴたりとくっつかれてしまって、今ははっきりとは見えなかったが、奴は女装をしていた。正式にいえば仮装なのだが、なにせハロウィンパーディーで仙蔵の奴が引き当てたクジが「魔女っ子」だったのだから仕方あるまい。実行委員が用意していたのは、そりゃ見事なまでに魔女っ子だった。

(魔女じゃねぇ、魔女っ子だ)

レースやフリルでいっぱいの黒衣のスカートは、やたらと短かった。そこから伸びる足はやたらと細く、そして白かった。そのことを思い出し、ちらり、と視線を落とす。薄闇の中で奴の足はますます白く、そして色めき立って見えた。慌てて目をともに思考を反らす。まぁ、正直、仙蔵で良かった、と。クジは男女関係なく引くことになっていたために、下手すれば自分が選んでいたかもしれなかった。俺なんかがその恰好をしていたら、目も当てられなかっただろう。

「まぁ、確かにな」

呑まなければこんなコスプレなどできねぇだろう。恥を棄て去るにはアルコールに頼るのが一番だというのは、同じく仮装した身だから分かる。仙蔵とは違い、吸血鬼は当たりの部類に入るんだろうが、それでも、タキシードにマント、口元は当然、偽物の牙。おまけに前髪をオールバックにだなんて、俺にとっては拷問以外の何物でもなかった。だが、仙蔵は「ふん、お前はまんざらでもなかっただろうが」とつむじを曲げた。意味が分からずにいて。

「どこが?」

そう尋ねれば「他の女どもにキャァキャァ言わてただろうが。この好色バンパイアめ」と胸を頭でど突かれた。下を向いているから表情は分からねぇ。だが、どこかいつもと違う声音に思わず「……もしかして、妬いてるのか?」と尋ねる。すると、「だとしたら、何だ」と唸り声のような噛みしめる響きが戻ってきた。

「よほど、皆の前でキスでもして、お前は私のものだとでも言ってやろうかと思ったが、お前の牙が邪魔でな」

ストレートすぎる嫉妬に笑いを噛み殺していれば、開き直ったのか顔を上げた仙蔵が今度は掌で胸をど突いてきた。「早く、その牙を取れ。邪魔だ」糖衣にコーディングされたかのような艶やかな唇が俺を誘った。





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