竹久々

※山月記パロ

あとは沈むことばかりを待つ月は太るに太りきった姿だというのに、昨晩までの温かな黄金色ではなく、どこか冷徹な白銀の光を帯びていた。咆哮が一つ、暁を駆ける。出立する前に此の地の役人に言われた言葉が、今さらながらに背を撫で上げる。

「人喰う狼が出るので、夜半の移動は危険です」

そう警告されたのだが……。再びの、咆哮。風のせいだろうか、先ほどよりも近い気がして思わず足を止めた。三度。ぶるり、と戦慄に震える。だが、いつまでも慄いているわけにもいかない。戻りの期日は迫っている。このまま夜通し動いても間に合うかどうか。ここまで来て戻るわけにもいかず、闇がとぐろを巻く木立の合間をひたすらに歩き続ける。

「っ」

陣-----。切り裂くような風が通り抜ける。圧に押されて閉ざさざるを得なかった瞼を再び開けた時、俺の目を捉えたのは月の光をうつしとったかのような美しい白銀の毛並みをした狼であった。

(しまった)

身を翻したその光の塊は、そのまま俺に飛びかかってきた。一瞬のことだというのに、ゆっくりと、残像が見えるくらいにゆっくりとした動き。思わず目を瞑る。体に食い込むであろう牙や爪の熱と衝撃、そしてその先にあるであろう冥い世界を瞼裏で繰り返し描き-----

「あぁ、危なかった……。兵助か。危うく喰うところだった」

聞こえてきた声に俺は眼球ききつく被さっていた瞼を押し上げた。草叢の深い深い闇の奥、たんと漏れてきたのは唸りを食いしばるようなため息。その声の主を俺は誰よりも知っていた。

「もしかして、ハチか?」

かつて、俺が愛した人は獣に成り果てていた。





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