竹久々

浮かれたったざわめきが溢れるパーティー会場で、その音は他の雑踏にかき消されそうな程小さなものだというのに、揺さぶられた。仮装で付けた獣の耳が実は本物だった、と言っても嘘じゃねぇくらい、どこにいても、その鈴の音を拾ってしまっていた。人波に呑まれても、すぐに彼の所在が分かる。なぜなら、俺が付けた鈴だから。俺が、数刻前に兵助の首に付けた鈴だから。

「兵助」

壁の花、という言葉を思い出した。ランタンに灯された橙色の光は今にも踊りだしそうな人々がひしめきあっている広間の足元を艶っぽく照らし出していた。談笑に溢れた空間はパーティーの始まりを合図する乾杯の声を待ち続ける人でいっぱいだった。皆、屈託ない笑顔でこの日を楽しんでいる。ただ一人、壁の一番端でその様子を軽蔑でも羨望でもなく、ただただ日常の一こまを見るような眼差しをしている兵助を見つけて。近づいて、ウェイターからもらった、カクテルグラスに注がれた黄金色のシャンパンを彼の方に差しだせば、はぱちぱちと淡い泡が俺と、受け取ろうとした兵助の指先を濡らした。

「ハチ……ありがとう」

心底、ほ、っと彼が表情を緩めたのは、兵助がこういった場を苦手としているからだろう。

「来てたんだな」

行かない、とさんざん言っていただけに驚きを交えて告げれば「あー、うん。三郎が出ろってうるさくてさ」と苦そうに唇を歪めた。それから「作ったんだ、と言われたら着ないわけにいかないだろう」と溜息を続ける。三郎のお手製だという黒い猫耳と尻尾は、正直三郎に感謝したいくらい兵助に似合っていた。本当なら、それこそ「グッジョブ!」と三郎に親指を立てたい気分だが、兵助が明らかに嫌がっているのが分かって。俺は「そっか」と相槌を留めるだけに終わった。

「ハチは狼男?」

そう問われ、改めて自の身なりを確かめる。自分の視界からははっきりと見えないが、灰銀の耳にしっぽ、それから毛皮で狼男をモチーフにしてる、と三郎はいっていた。凝り性の三郎は、勝手に俺たちの衣装を本格的に用意していた。実際、俺は鋭い犬歯の模造品を付けて牙に見せかけている。

「兵助、クラスで集合写真撮ろうってさ」

遠くで勘右衛門が兵助を手招きしているのが見えた。

「あ、見つかった」

あからさまに嫌悪の表情を浮かべた兵助は、それでも見つかってしまえば行かなきゃいけねぇんだろう。「これ、頼む」と俺にカクテルグラスを押しつけて行こうとした。ちりん。掠れた音が、兵助から落とされる。なんだろう、と視線をその音がした方に向ければ、床に鈴が転がっている。どうやら、鑑札のように首に付けていた鈴がはずみでその紐が外れてしまったらしい。急いで拾って兵助に声を掛ける。

「兵助、落ちた」
「え? あ、ありがとな」

振り返った兵助は受け取るために俺の方に手を差しだした。「助かった。これで落としたら、コーディネートが、とか何とか、三郎に後でごちゃごちゃと言われるところだった」と、三郎の名を出して笑う兵助に、ふいに、独占欲がむくりともたげた。もちろん、兵助にそんなつもりがねぇのは分かりに分かっていたけれど。けど、ジャックオーランタンのくりぬかれた黒い目みたいに、俺の心に存在する薄暗い部分が不意に溢れかえった。俺の爪先から彼の掌へと落としかけた鈴を、すんでの所で回収する。

「ハチ?」

怪訝そうな兵助の腕を掴み、俺は体を半分だけ捻らせた。

「ハチ、どうしたんだよ?」
「鈴」
「え?」
「鈴、俺が付けてやるよ」





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