仙子と伊子
「何だ食べないのか?」
目は輝かせているくせにちっとも伸びない伊作の指先は、可憐なピンク色に染まっていた。毎日塗り直して手入れしてるんだー、といつだったか舌足らずに言っていて感心したものだ。だが、それでいて、きちんと爪が伸びてないのは、彼女が保健委員長だからだろう。色々と飾っていても、何だかんだと、そういうところはきちんとしている。
「うーん」
悩ましげに歪んだ眉のライン。それは、あーでもないこーでもない、とさっきまで鏡を覗きこんで引いていたものだ。やつの美に掛けるパワーは計り知れない。もう少し別の所に掛ければいいものを、なんて思っているのは秘密だ。いや、実際、言ったことはあるんだが、その時は「だって女の子なんだよっ!?おしゃれ楽しまないと損じゃない」なんて訳の分からない理屈を並べられ、おまけに「仙蔵もフルメイクしてあげるよ」と粉をはたかれそうになって散々な目にあった。
さっきから、伸ばしては引っ込める、を繰り返している伊作を待つのがいい加減嫌になってきて。その指の先にあるチョコレートをかっさらおうと狙いを定めて。「食べないなら私が全部、「わー待って」ばっ、と私の手は掴み留められた。
「食べないんじゃないのか?」
「食べないとは一回も言ってないよ」
「なら、さっさと選んでくれ」
最近のコンビニにもこんな洒落た菓子が並んでいるのだ、とパッケージに惹かれて新作のチョコレートを買って開けたのだが、伊作は一向に手をつけなくて。
「だって」
「だって、何だ?」
「そりゃ仙蔵はいいよ。カロリー気にさなくても、そのスタイルだし…これ以上太ったらカレシに何言われるか」
ため息まじりの指先はぐっと丸まった。
「そんなことでお前の価値を低く見る男なんて、こっちから棄ててしまえ」
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