竹久々

俺がいないと止まってしまうのだ、と時計台の男は呟いた。その仕事に誇らしげなわけでも面倒そうなわけでもない。当たり前のことのようにただ淡々と呟く彼----時計台の男は兵助と名乗った-------は、俺の会話の途中で断ることもなく急に立ち上がった。

生まれた僅かな風に、じり、と油が切れかかったランプの燈火が壁に踊るような影を焼く。何をするのだろう、と思っていると、彼は狭い時計台の中で、でん、と中央に添えられた青銅色に年を重ねた大きなねじを巻きはじめた。

一つ、二つ、三つ、四つ。

最初は軽々と回っていたそれは、だんだんと軋みを上げ始めた。穏やかだった眉間に深い皺が抉られる。

五つ、六つ、七つ。

ぎぃ、とひずむ音は、それ以上にねじが巻かれるのを頑なに抵抗しているようだった。

八つ。

ゴーストのように透けてしまいそうな白さをしていた腕は、力を込めて筋肉の全てを使っているせいか、いつしかそれから赤味を帯びていた。血管が千切れてしまうんじゃないだろうか、と心配になるくらい膚に浮き上がるそれ。ねじから上がる悲鳴。

九つ。

最後の一巻きを終え、ふぅ、と額に滲んだ汗をぬぐった彼は、霧のようにあやふやな笑みを俺に向けた。「もうすぐ鳴るよ」と。かちり。時計の針が時を刻んだ。途端、それまでの静けさを奪うかのように、鐘が夜を揺らした。

一つ、二つ、三つ、四つ。

頭上から降ってくる音に、残響が重なる。

五つ、六つ、七つ。

細波立つように、あちらこちらで、ぶつかり跳ねかえり、そして溶けていきていく。

八つ。

一定の速度で鳴っているはずなのに、一瞬、空隙があったような気がした。

九つ。

「ようこそ、ハチ」

それは始まりの鐘の終わりだった。


+++旅人竹谷×時計台に閉じ込められている(自分から閉じこもっている)兵助




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