竹久々

虫が一つ淋しげに夜を震わした。昼の熱が濁らした空気がそれだけで澄んでいくような気がするのだから不思議だ。今、鈴の音を奏でている虫が、俺が修繕している篭に押し込められることはない。雅な人ならば愉しみのために虫籠に収めて愛でるのかもしれない。だが、この学園において、いや、俺たちが生きている世界において閉ざされるのは、いつだって害をなすものばかりだ。

(そうすることで殺されないのだ、護られているのだ、だなんて、どれほど傲慢なことか、だなんて、よく分かっている) 

水に浸して柔らかくした弦をひとくくり、最後に結んでしまうと、空いていた穴はとりあえずは分からなくなった。乾けば強固なものになるであろう。鋏で余分な弦を切り落とす。ぱちん。それが合図だったかのように、俺の背中に預けられていた温もりが、不意に、重みを増した。

「兵助、寝るんなら布団で寝ろよ」

てっきり、待ちくたびれたのかと思ってふり返ったのと、俺の腹辺りに、その艶めいた髪が解かれた頭が埋められたのは同時だった。もともと色白だが、まるで、夏が来なかったかのような透ける膚を持つ手が、俺の寝巻を掴んだ。ぎちり、と力を入れた爪は色を完全に失っていた。そうして、気付く。その美しい容貌とは不釣り合いの傷がいくつもいくつもある手が、震えていることに。押しつけられた吐息の温かさは、すぐに散ってしまう。どうした、何があったんだ、と問うたところで、返事が返ってくることはないだろう。怪我した獣が洞穴で痛みに耐えるみたいに彼は呻き声一つ上げない。そっと頭を撫でて指先でその髪の一筋を解いていく。ふと張り詰めた息が一つ抜けていった。

「兵助」

淋しいという感情の色を愛しさで塗りつぶすことができねぇだろうか、と俺の前襟に突き立っていた兵助の爪先が少しだけ緩んだ気がした。そこに自分の指を絡めれば、熱を分かち合うことができた気がして、俺は泣きそうになった。来たる秋に過ぎ去る冬、その次の春には、学園と言う籠にいることのできる最後の学年なのだ、そう感じて、胸にぽっかりと穴が空いたような気になる。決して弦で塞ぐことのできない穴が。もし塞ぐことができるのならば、それはきっと、この目の前にいる愛しい人なのだろう。「兵助」と、俺はその名前を呼んだ。




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