鉢雷

漂っていた夕飯の匂いが闇に溶け込んだ頃、残るのは透いた水の馨りだけだった。肉が爛れ落ちそうな、うだる暑さに扇風機を請うたけれど、「まだ早いよ」と却下される。代わりに、と彼の手で魚の尾のように揺らぐ団扇からはやがて来る夏の匂いが届けられた。枠を取り囲む周りの紙は一部が破れていて、そういえば昨夏に見たデザインだ、と思いだす。手に入れたのは夏祭りだろうか花火大会だろうか。思い出すことはできなかったが、そこから滲む蚊取り線香の移り香は、私に懐古の状を宿らせる。そうして、また夏を彼と過ごすことができる倖せを噛み締めるのだ。黒に滲む赤の灯は呼吸をしているかのように、時々揺らいだ。ほとんど動くことのない風のせいかもしれないし私が凝視しているからかもしれない。それ以外に光源のない部屋は物の際さえはっきりとはしておらず、あとどれくらい渦を残しているのか分からない。ただ息づかいだけが隣の彼の存在を示していた。




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