鉢雷

雨、雨、雨。いつしか降り出したそれに濡れていく世界は色をくすませていく。水滴の珠で多少変形している以外に、窓の向こうに立ち並ぶビル群はいつもと変わることはない。なのに、鬱蒼として見えるのは、己の心の持ちようなのだろう。一杯になってしまっている灰皿に、吸いかけの煙草を押しつける。くしゃりと潰れた灰が、最期の一筋をくゆらせた。昇る細い細い白を横目に、口付ける縁が焦茶色に汚れたカップに手にする。一方的な約束を交わした時間よりも前に注文したために、すっかり冷めきったコーヒーは、タールのようどろりと濁っていた。一方的な約束を交わした時間よりも前に注文したためにすっかり冷めきったコーヒーは、タールのようどろりと濁っていた。もう行かなければ、と諦めるためにそれを呷れば、つん、と酸味が肺腑まで落ち込んだ。咽喉に押し込んでもなお、ざらりとした残滓が舌に残っているような気がしてテーブルの上に置いておいた煙草の紙箱に手を伸ばす。だが、口直しにという思惑は外れた。振っても音がすることのないそれは空っぽで。私は舌打ちの代わりにそれを拳でぐしゃりと握り締めた。もう行かなければ、何度そう思ったことか。それでも、動くことができない。根が生えてしまったみたいに、来るかもしれないという期待じゃない、単なる未練だ。

(雷蔵)

ひそ、と誰も聞くことのできない心の声は彼の名を呼んだ。リフレインする。彼の名を。壊れたレコードみたいに。それしか知らない赤子みたいに。

(雷蔵、雷蔵、雷蔵)

ふ、と店に染みついたコーヒーの香りが、薄まった気がした。代わりに入り込んできのは、透いた雨の匂いだった。




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