兵助と雷蔵

足を踏み入れるたびに思う。ここは時が止まってしまっているんじゃないか、と。自分の背後から、からり、と乾いた風が吹き抜ける。爽やかに、緑の馨る皐月。本が悪くならないように、とこんな日には風通しの明かり取りが開けられている。それでも、この部屋に入ると嗅覚が埃だとか黴の臭いを彷彿してしまうのは、たぶん、固定概念というやつなのだろう。

「あれ、持っていくって行ったのに」

書架の前で本を戻していた雷蔵が俺に気付いて、棚に入れていた手を止めた。器用に片手で隙間に押し入れると、大量の本を抱えたまま俺の方を向き直った。先日、入庫するように頼んであった本が届いた、と連絡を受けたのはお昼を共にした時だった。急ぎじゃなければ当番だから夕方部屋に届ける、とも言われ、俺はそうしてもらうよう頼んだ。人のよい雷蔵には、ついつい、甘えてしまう。

「あぁ。けど、ちょうど近くまで来たからさ」
「そっか、ありがとう。ちょっと待ってて、頼まれた本、今持ってくる」

先に渡そうとしたのだろう、首の辺りまで抱えていた大量の本を机に置こうとする雷蔵を「いいよ。後で」と止める。

「けど、すぐ読みたいだろうし」
「いいって」
「うん、でも、これ片づけるの、時間掛かるよ?」

まだ言い募る雷蔵に「じゃぁ、半分、手伝う」と有無を言われる前に彼の手から半分奪って------ずしり、と想像以上の重みに、腕がたゆんだ。

「重っ」

思わず足をふらつかせた俺に、「大丈夫?」と心配そうな目を雷蔵は向けた。ずり落ちそうな本をなんとか収め直しながら「大丈夫。本も結構重いんだな」と答える。

「あーそうかもね。でも、火薬壺だって重いでしょ?」
「まぁ確かに。体育委員会とかみたいな鍛練はないけど、筋肉は付くよな」
「だよね。けっこう腕力もある方だと思うんだけど、」

守ってもらうだけなんて趣味じゃない、そう愚痴めいた雷蔵に「同感」と呟けば彼は苦笑した。

「お互い、苦労するね」







「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -