文仙

急激に晴れ渡っていく空の青を、俺は畏怖にも似た気持ちで眺めていた。晴れた。隣にいた奴が不敵に唇を吊り上げる。「晴れたな」得意げに笑う仙蔵に俺は「あぁ、」と暗澹たる相槌を打つことしかできない。

(くそ、作戦変更だ)

昨夜の算段では、雨天下でのことしか考えていなかった。屋根から地面へと落下する雨は、曝滝のごとく激しい水量で。真っ白に煙る世界は、一向に霞が晴れる気配などなかった。濁流にのみ込まれていくような錯覚を感じるほどの雨に、眠りに落ちていく瞬間まで、確かに、勝利を確信していたのだ。だが、目を覚ませてみればどうだ。やけに明るい世界。小鳥の囀り。布団の中で戦っていた嫌な予感は、残念ながら外れなかった。すでに起きだしていた仙蔵の身から、火薬の匂いがした時点で。地面のぬかるみは酷いが、上がってきた陽光は目を細めなければならないほど明るく、そして力強い。おそらくは空の頂まで昇りきる前に、水たまりは乾いてしまうだろう。作戦を練らねば、と焦る頭をこね繰り返していると、仙蔵が厭味ったらしく俺を見やった。

「文次郎、手加減するなよ」

その楽しそうな笑みに、こっちは苦虫をかみつぶしたような気持ちになる。「だれが、するか」と返せば、ますます唇が上向いた。昨日のような雨ならば火器を使う仙蔵は不利で、それで丁度いいぐらいだというのに。もちろん、奴自身もそのことを分かっているからこそ、こう絡んでくるんだろうが。するり、と奴は、荒れや火傷のせいで、その整った相貌からは想像できぬほど歪になった指先を俺の腕に掛け、「さて、負けた方はどんな罰にするかを考えねばな」と、本日、一番の美しい笑みを向けた。




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