文仙

「文次郎、お前、リムーバーもってないか?」

生徒会室の心地よい静寂を打ち破った奴は年度始めの予算案を立案しなければならないという、こっちの事情など眼中にないようだった。その証拠に「ノックぐれぇしろよ」と文句を付けても「リムーバー」と、仙蔵は整った眉ひとつ動かさずにその言葉を繰り返す。

(こっちのことは無視かよ)

掛け合っても無駄だと悟った俺は、気を緩めれば簡単に転がり落ちそうなため息を押し込んだ。

「んで、何だって?」
「リムーバー」

聞き慣れない単語だけに音だけは耳が拾ったが、検討は全くつかず、「何だそれ?」と首を傾げれば「使えない奴だな」と容赦なくばっさり切り捨てられた。内心、腹が立ちつつも、口でこいつに敵うわけがねぇ、とつぐむ。

「まぁ、いい。この部屋にあるだろうから」

仙蔵は俺には用がない、といわんばかりに背を向け、壁に備え付けられた風紀委員会の棚を開けた。そこには持ち物点検で没収された物品が入っている。

「ちょ、おい、仙蔵」
「何だ?」
「何だじゃねぇよ。勝手に開けて何をしてるんだよ」

唖然として慌て咎めたけれど、仙蔵の奴に無視された。

「お、あったあった」
「だから、」
「喜八郎のやつにな、悪戯された」

仙蔵は俺の叫びを遮ると、すべらかな白い手を差し出した。細い指の先端には鮮やかに彩られていた。爪先に春。

「ったく、水では落ちないから苦労した」
「マニキュア、か?」

文次郎のくせによくそんな言葉知っているな、とケタケタ笑う仙蔵に、くらり、と目眩う。食べてしまいたい、なんて衝動を隠して、「うるせぇ」と視線を仙蔵の爪から引き剥がした。





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