ビスケット




風邪が完治したと連絡が来たのは昨日の事だった。
何やら見舞いのお礼がしたいなんて文章で、お前の脳にも「お礼」なんて言葉が入ってたんだなと馬鹿にすれば、
そんなことは常識だよ!と怒った絵文字と一緒に返信が送られてきた。

で、今、奴はキッチンで何やらごそごそ、時折ガチャン!と何かが割れる音を立てているので、気になってキッチンまで行けば、

「来るな!」

の一点張りで…どうしたものか。
気が気じゃない。いや、これは、その、俺のお気に入りのマグカップを割られるんじゃないのか?とか、
前の彼女が残して行った、俺とのメモリアル的な何かを消し去られるということを危惧しているのであって、
決してやつが怪我をしやしないか?とかって心配をしている訳ではないんだ!

落ち着かない体を持て余して、パソコンの電源を入れ、読みたくもない芸能人のスキャンダルに目を通していた俺の背中に、

「お待たせ致しました!!」

元気な声が掛けられる。
余程のものを作ってくれたのだろう!と期待に膨らむ胸を抑えつつ、振り返れば…

「何だよ?…これ…」

「ラーメン?」

鍋を片手に立ちすくむ奴がいる。

「何で疑問系?そして、何故そんなにのびてる?更に言えば、何でラーメン???」

「いや〜そんなに褒められるとは!」

「褒めてねぇ!!!」

本当は期待なんてしてない。キッチンのあの音を聞いた時点で、これくらいの事は簡単に予想がつくから。
だけど、これはひどい!

しかも、なんだよ!干物スタイルじゃねぇか!

「どんぶり、あっただろ?」

そう問えば、ひくりと肩をすくめ、

「なんて言うのかなぁ、ほら、あれだよ!あれ!ビスケットの歌だよ!」

「…ビスケットの歌?」

「叩いてみるたびに、どんぶりが増えたんだよ。叩いたのは床だけど…」

もう、怒る気にもならない…はぁと肺の中にあった空気を吐き出し、

「そっちで食べる」

食卓代わりにしている机を指差せば、急いで落ちていた新聞を机の上に広げ、その上に鍋を置いた。

「箸」

そう言えば、急いでキッチンに取りに行く…用意しとけ!それぐらい!

「…はい」

俺の纏った空気を読んでのことなのか、箸を渡すそいつは小さくうな垂れ、かわいそうにさえ思えてくる…
断じて俺がいじめているわけではない!

湯気が立ち、嗅ぎなれた味噌の匂いをさせるそれに箸を通せば、いつも自分が作る太さの3倍くらいに膨れ上がった麺。
重い…
一口含んだ俺の横に座り、下から上目遣いに見上げてきて、

「おいしい?」

「まずい!」

言い切れば、満面の笑みを見せ、

「良かったぁ」

…末期だ。

「おい!日本語、理解出来てるか?食ってみろよ!!!」

そう言って、箸ですくった麺を奴の口に運べば、

「きゃーやめてよ!!!まずいんでしょー!」

逃げやがった!

お前が作ったんだろ!

逃げ惑う奴の手を取った時に、

「ぎゃ!」

そう叫ぶ。
手の中にある奴の手を見れば、小さなきり傷から少しだけ流れる赤い血液。

包丁など使うような料理ではない。女の子のように、こんな料理でもと気を使って野菜炒めなんてのっけてもない、
ただゆでて、粉末スープを加えるだけのそれで、何故に切る?

流れる血を見て動かない俺に、

「もう!離してよ!また、血が出てきちゃったじゃんか!」

と、手を引っ込めた。

「お礼なんだから、お前が1人でちゃんと食べてよね。俺、片付けしてくる!」

そう言ってキッチンへと急いで駆け込む。

やっとの思いで鍋に残る汁よりも明らかに水分を多く含んだのびのびの麺を食べきった俺の耳に聞こえてきたのはガチャンという破壊音と

「わーー!またビスケットが増えた〜!」

と言う奴の声。

次は、本物のビスケットにしろよ!!!
ラーメンなんて金輪際、二度とごめんだ!




って、次があるのか?







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