豆 リターンズ?の続き





「放せよ……」

狭い車の中じゃ絶対に運転手にも聞こえているだろうと思いながらも、それでも小さな声で言いながら、
掴まれた手首を解こうとするも、

「いーや!」

大きな声で言いやがって、運転手がビクッと肩を跳ね上げた。
更にぎゅっと握られた指の一本一本を開いているほうの手で解こうとするも、どの指も離れた直後に握りこまれる。


「なっ…な、何で?」

「タっ、タロ、逃げるだろ?」

「……どうやって、逃げるんだよ…」

「映画みたいに、ドアを開けてっ」

一瞬、バックミラー越しに運転手と目が合う。
そんなことするのか!?と思われているようで、急いで言葉を吐き出した。

「そんなことしたら怪我するだろうがっ!」

「ゴロゴロ転がれば怪我しないってスタントマンが言ってた」

「俺はスタントマンじゃねぇよ……それに、痛てぇっつーの!」

そこまで言って、握力は緩まったものの、一向に放す気配がないことに諦めて外の景色を見る。


見慣れている景色も、歩いてみるのと車から見るのとでは、えらい違うもんだなぁなどとぼんやり見ていると、
アパートの脇でタクシーは止まった。


掴まれたままの手首をぎゅっと握って引っ張りだされる。

「釣りはいらないから」

放り投げるようにして運転手に言い放ってはいたけれど、釣りはたったの20円……まぁいいけど…
何となく申し訳なくて運転手に愛想笑いを向けて会釈をすると、訝しむ目線を寄越されただけだった。


「ほら、入って!」

鍵を開けるなり、ドアの中に放り込まれ、背中を押される。

「押すな!」

真っ暗で狭い玄関で靴を脱ぐのも許されないなんて、何て心の狭い男だ!
って俺もそうだけど……
漸く離された手首を擦りながらワンルームの奥へと進む。

「はい、タロ、そこに座って」

パチリと点いた電気に見えた見慣れた部屋の中。
最近、俺の部屋に来ることの方が圧倒的に多かったから、何となく懐かしい気がしないでもない。

コートを脱いで言われた通り、ソファに座る。

『俺がどれだけタロ一筋に生きてきたのか……じっくり教えるためだよっ!!!』

いったい何を教えられるというのだろうか?
エアコンをつけて、部屋に取り付けられているキッチンへと向かう背を見つめながらに考える……


ひょ、ひょ、ひょっとして……



『体に教え込んでやる』



とか……



あの言葉を放たれてから、どうやってもそっちにしか思い浮かばない思考に心臓がドクドクと音を立てる。
あんまり意識しないようにしていたけれど、どこかで何かを期待しているのかもしれない……
心もとなくて、ソファの上で、もじもじと動いてしまうのを止められない。

どうしよう……

こんな関係になってから、それなりに勉強をしたはずだった。
ネットでだけど……
ゲイの人たちのブログを読んだり、そういう画像を検索したこともある。
間違ってBLサイトに飛んでしまったときは、
男でもこんなに濡れるものなのか!?と思って先を読み進めると、『受け』の子が妊娠したから、
有り得ねぇ…と呟いてみたり。

まず……大切な道具は揃っているのだろうか……
ゴムはあるかもしれないが……ローションとか、イチジクとか……

いや、呼ぶくらいだから、絶対に用意しているはずだ…
いやいや、こいつだぞ?用意してるほうがおかしいだろ……

まぁ…ローションが無ければそれの代用にサラダ油とか、ごま油とか…、ハンドクリームとか……
滑るものならこの際何でも良いんだろ?
いや……ごま油の香ばしい匂いは避けたい……

いやそもそもやり方を知っているのかどうなのか……



それはそうと……シャワーくらいは浴びたい。
初めてのときくらい、綺麗な体で始めたいじゃないか……



はっ!

パンツ!
俺のパンツは大丈夫か!?
こんなことになるのなら、勝負パンツの一枚くらいは用意しておけばよかった……



居ても立っても居られず、思い立って、ジーパンのウエストの部分からパンツを覗こうとしたそのとき、


ガッチャーン!!!


とものすごい音がした。

ビクリと体がはねて、急いで音の出所に向かう。
部屋の中にあるキッチンの前で蹲っているそいつに向かって声を出す。

「大丈夫か?」

シンクの中に薬缶が転がっている。
何だ薬缶がひっくり返っただけなのか……
どうやらコーヒーを淹れてくれようとしていたことはわかったけれど、湯も沸かせない大人に育ったこいつを少しだけ不憫に思う。

「おい」

もう一度声を掛けて肩に触れようとしたそのときだった。

ふふふ…

と不敵に笑う声が聞こえた。


まさか……



「じゃっじゃーん!!!」

取り出されたのは、豆まきの豆!

「あっ!」

っと思ったときには遅かった。
すごい勢いで第一波が投げつけられる。


「鬼は〜外〜!!!」


「ぎゃー」

去年同様、パラパラと床に転がる豆を踏みながら逃げ回る。

「タロの部屋じゃこうは出来ないからねぇ」

確かにうちでこれだけ叫べば、隣からのクレームはものすごいものだろう……

「福は〜内♪」

モグモグと食べるその表情まで去年と何も変わらない。
食べている間が逃げ時なのは、十分承知!

「鬼は〜〜外ぉ〜!!!」

剛速球で飛んでくる豆を避けながら、トイレに逃げ込み、何とか難を逃れる。
閉じたドアにバラバラと音が響き、いくつかは一緒にトイレに入り込んだ。
外から『福は〜内ぃ〜』と言う声が聞こえる。
どうせ食ってんだろ……


「ふっ〜」


ぱちりと電気を点けて便座に腰掛ける。
内側に電気のスイッチがあってよかった……
俺んちはトイレの外にスイッチがあるから。

想像していたことがことなだけに、後ろめたい気持ちもなくは無かった。
それでもこの仕打ちは酷すぎる!

「卑怯だぞ!」

声を張り上げて叫べば、

『タロが悪いんだよ!俺のこと信用しないから!逃げ込んでないで、出てきなさいっ!!!』

立て篭もり犯のように言い返される。

「どっちが卑怯なんだよ!もう少し優しく投げてくれるなら、出ないこともない」

少し間が空いて、『いいよ』と言う声が聞こえる。
案外素直に聞き入れられたことにびっくりする。

「本当か!?」

『まぁ……タロが俺を信用してくれるんなら、加減してやらなくもないよぉ』

どこまでだ!!!

それでもずっとここに居るわけにもいかない。
地味に寒いし……
でも……出た途端にものすごい剛速球で投げられない保証はどこにもない。
意を決して声を出す。

「わ、わかった、じゃあ、出るぞ」

震えるようにして出た声に情けない思いを噛み締める。
ドアの取っ手に手をつけて、これからの動きをもう一度シュミレーションする。

トイレを出て、そのまま玄関から外に出る!!


良し!!!

取っ手を掴んで部屋に出る。

「あっ!」

一瞬反応が遅れたというような声を聞き、そのままの勢いで玄関に向かって走り出した。

あと少し……

「逃げるなんて……鬼は〜外ぉ〜!!!」

バラバラバラバラッ!

ものすごい勢いで飛んできた豆の集中砲火を浴びて、思わず頭を抱えて蹲る。

「何が加減してやらなくもない!だ!痛てぇじゃねぇかっ!!!」

蹲ったまま声を張れば、

「逃げ出すからでしょ〜。俺が加減してやるって言ったのに、信用しないでいきなり逃げるから…」

「にしても、もうちょっと抑えて投げろ!」

「……もう頭にきた…」

ん?ひょっとして、本気で怒ら、せた……?

「一度ならず、二度までも……体に教え込んでやる!!!」



それと同時にものすごい勢いで飛んでくる豆は、もう鬼は外も福は内もなかった。
蹲ったまま動けない状況に、その言葉は違う意味で使って欲しい!!!と切実に願わずにいられない!!!



来年こそは!と胸の中で何度となく叫ぶのだった……







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