豆 リターンズ?




―― 一年待った。
この日が来るのを。
器が小さいと言うのなら、好きなだけ言ってればいいさ。
そんなの自分が一番よくわかってる。

仕事帰りに勢い込んで入ったスーパーの特設コーナー目掛けて突き進む。
正月明けから既にお目見えしていたそのコーナーに、特に群がる人はいない。
色とりどりに描かれた鬼のお面。
台の下に仕込まれたらしいデッキから聞こえてくる音楽に一時耳を澄ました。

鬼は外 福は内 パラッパラッパラッパラッ豆の音〜♪

ははは……今年こそは、あいつを鬼にっ!!!

拳を握って突き上げたい衝動に駆られたけれど、ここが公衆の場であることを思い出し、
ぎゅっと握って鬼のお面を睨みつける。

脇を通り過ぎる子供の声。

「あのおにいちゃんが鬼みたいだね、ママ」

「こ、こらっ!早く行くわよ」

そそくさと通りすぎる母子の声を聞きながら、積まれた鬼のお面で一番不細工なものを選び、
それだけ持ってレジに向かう。

待ってろよ。今年の俺は、一味違うぜ!

レジの店員さんにも訝しんだ目で見られたけれど、そんなことは気にもせず、それだけ買って店を出る。
去年……次の日に、あり得ない数の小さな青あざが出来ていたのを思い出したからか、
戦の前の武者震いか、はたまた時折吹き付ける風が冷たいからなのか……
ぶるっと一つ小さく背中に震えが走った。






「行くよぉ」

「ま、待てっ!」

「えぇ〜さっきから何回目ぇ?」

「待て。ちょっと待て。ここで負けるわけにはいかないんだ」

「じゃあ、タロ、グー出してよ。俺、チョキ出すからぁ」

「はっ?そう言って、お前はパーを出す気だろう。そんなのはお見通しだっ」

「そんなことしないよぉ。神様に誓って」

「何の神様に誓うんだよ」

「鬼の神様」

「なんだそれ?鬼なのに神様なのか?おかしいだろ?」

「何だっていいよ、もお……、俺チョキ出すから、タロはグーね、はい、じゃんけん」

「ちょ、ちょっと待て!お前は信用ならないんだ」

「じゃあ、じゃんけんせずに、俺が鬼になろうか?」

「それは……嬉しいけど、それじゃ何となく腑に落ちない」

「そう?いいじゃん、別に。タロはどうしても俺を鬼にしたいんだから、それで」

「いや……よしっ!」

「じゃんけんすんの?腹、くくった?」

「くくった」

「じゃあ、じゃんけん」

「ぽんっ!」


………


「何でだ?」

「だから、俺言ったじゃん。チョキ出すって」

「裏を読んで俺がチョキを出したのに、お前もチョキ出したら、終わんねぇじゃん」

「……よくわかったよ…」

「何が?」

「タロが俺を信用してないってことがっ!」

「はぁ?」

「だって俺、鬼の神様に誓って、チョキ出すって言っただろっ!」

「だから、その鬼の神様ってのが何だよ!?鬼なのに神様っていう思考がおかしいだろっ!」

「おかしくないしっ!それに、俺が今怒ってるのは、タロが俺を信用してないってことなのにっ!」

「どこをどう信用しろって言うんだ?!」

一瞬出来た時間の狭間。行動が早くて目がついて行かなかった。

「全部っ!」

言葉と一緒に飛んできたのは、向かい合わせに挟んだテーブルに置かれた箱の中の豆たち!

「痛ってぇ……何が全部だよ!去年、親の仇かってくらいぶつけやがって!」

俺も豆を取って、奴に投げつける。

「痛いっ!去年のことなんて覚えてないよ!」

再度飛んでくる豆。

「痛っ!俺は覚えてるっ!青あざ幾つ出来たと思ってんだっ!」

力いっぱい投げつける。

「痛いっ!知るかそんなのっ!!」

「痛っ!56個だっ!56個っ!見える範囲だけで、56個だっ!」

「痛いってっ!数なんか数えてんなよっ!器の小さい男だなっ!!!」

「痛いつってんだろうがっ!!!器が小さくて結構ですっ!!!長袖だったから良かったけど、気持ち悪いくらい斑点だらけだったっつーのっ!」

「痛いっ!!!!このっ」

バンッ!!!『うるせぇっ!!!』


ビクンッと体が跳ねた。
隣から壁を殴りつける音と、抗議の声。パラパラとフローリングの床を転がる豆……
聞こえた限り、地の底を這うような低い声。
急激に静かになった部屋に、はあはあと二人の荒い息遣いだけが聞こえる。


「…ほらぁ、怒られちゃったじゃん……」

「お前が豆を投げつけるからだろうが」

「ええっ!タロが俺を信用してないからじゃん」
「……だから、どこを見て信用しろって言うんだ…」

「……全部」

「全部って……」

「だから全部だよ!」

言って、また目の前にあった豆が一握り分投げつけられる。

「痛てっ!また怒られるだろうがっ!……あれ?」

「何?」

同じようにして、箱の中に手を入れたのに、まったく指先に触れる気配がない。
中を覗き込んでみれば……去年同様5粒ほどしか残っていない。

「豆、無くなってんじゃねぇかっ!!!」

「はははははっ!鬼の神様のバチが当たったんだ」

「また鬼の神様って……。はぁ、なんだよ今年こそは、去年の復讐をしてやろうと思ったのに」

がっくりと項垂れた頭に声が掛けられる。

「なぁ…そんなことより」

「……そんなことって何だ!?俺は去年の…」

「うちに行こう」

「は?」

「うちに行こうよ。隣の人うるさいし…」

「ああ、そうだな。お前んちで仕切りなおして、今年こそは、」

「俺は今、モーレツに怒ってるの。そんで、モーレツに悲しいの!タロが俺を信用してないから!」

「はぁ?それでなんでお前ん家に行かなきゃなんねぇの?」

「俺がどれだけタロ一筋に生きてきたのか……じっくり教えるためだよっ!!!」





鬼がいる!!!

買ってきた不細工なお面は、テーブルの上にあるのに、目の前にいる人物は鬼だった。
いや、鬼の形相……


その形相を呆然と見ていると、ハンガーに掛けてあった二人分のコートを取り、投げつけられる。
手を通すことも出来ずにいる俺に無理やりコートを着付け、出掛ける準備をされて手首を掴まれたままその勢いで玄関に向かう。

「ちょっ!ちょっと待てって!」

「ダメ!もう待たない!いいから大人しく家に行くのっ!!!」

靴がうまく履けず、足がもつれて倒れそうになるのに、引かれる手の強さに倒れることなく前に進む。
案の定、アパートの階段で転げ落ちそうになり、手が離れるかと思えば、更にぎゅっと握られる。
見えた夜空に、ぽっかりと浮かぶ月。
遠くから犬の遠吠えが聞こえる。
大通りに出たと同時にタクシーを止められ、無理やり押し込められ、掴まれていた手首を擦りながら横を向く。
いつもの軽い調子は伝わってこなかった……
今までにないくらいに真剣に怒った顔とオーラ。



……俺、これからどうなっちゃうのーーーーっ????






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