肉まん




「俺もする!」

「良いって……」

「俺もする!」

「餃子のときでよくわかっただろ?
お前は不器用を通り越して、なんだ?ほれ?あれ?まーそう、うん、不器用なんだ」

「なんだよそれ?」

「だから不器用の上を行く不器用なんだ」

「じゃあ、俺に出来ること、なんかないのかよぉ?」

「え?あぁ……あ!牛乳飲んでろよ」

「これ?」

テーブルの上に置かれているコンビニで売られているサイズの小さな牛乳パックを指差す。

「そう、それ。俺牛乳飲むと腹壊すから」

「わかった!」


ストローを挿したパックをちゅうちゅうと吸うやつを見ながら、コネコネとこねた皮にラップを巻いた。
15分くらい置くんだったけ?
そう思いながら、テーブルの上を片付け、中身の餡を作るためにキッチンへ向かう。

昨日……

珍しく残業をしたこいつがクタクタになりながらも、自分の家ではなく、家にやって来た。
インターホンに応じて、ドアを開ければいきなり目の前に一枚の白い紙を突き出す。

「これ、作って……」

「へ?」

「明日も来るから、明日これ作って。じゃあ」

ドアを支えていた手とは反対の手に無理矢理に白い紙が押し付けられる。
言いたいことだけを言って、背中を向けて帰ろうとするやつのパーカーの帽子の部分を後ろから引っ張る。
こういうとき、パーカーって便利だよなぁ

「ちょっ!待て待て待て」

「グエッ」

「なんだよこれ?」

「苦しいだろっ!死ぬかと思ったじゃん!」

「それはいい!」

「良くない!」

「これはなんだ?」

「肉まん!」

バンッ!と隣の家から壁を叩く音。
夜の10時も過ぎ、廊下で大きな声を出していれば、不快な思いをする人もいるだろう。
いや……テント事件からこっち、隣は俺のことを要注意人物のリストに入れたに違いない。

「とりあえず、入れ」

「……ダメ」

「なんで?」

「今日はいろいろとダメ…」

「だからなんで?」

「疲れてるから。だから、明日来るからぁ。タロ、それ作って。お願い……」



何この可愛い生き物……

寒さのせいか少し赤くなった頬と潤んだ瞳に上目遣いで見られ、
この状況、この顔で言われて断れる男がいたらお目にかかりたい!
いや……男だから、他の男は反応しないのか……

「…わかった」

思わず抱きしめたい衝動を抑えに抑えて、やっと搾り出した言葉に、

「やった!じゃあ、明日な!ばいばーい」

スキップすらしそうな勢いで階段に向かって歩いていく背中を呆然としながら見送った。



と言うわけで、どういうわけで俺が肉まんを作っているのかは謎のままだが、意外に面白い。
ひき肉と長ネギのみじん切りをフライパンで炒め、塩・コショウで味付けたものを基本に、
好みの味付けや材料で作れるのも面白かった。
冷蔵庫の掃除も出来るしな。
じゅうじゅうとフライパンで炒めていると、後ろから、やつが肩越しにフライパンの中身を覗き込む。

「辛いの入れてない?」

「入れてねーよ」

「良かった」

そのまま肩の上にアゴを乗せられて、一瞬体がビクンと跳ねた。

「な、な、なに?」

「……別に」

そのまま手が前に伸ばされ、後ろからぎゅっと抱きつかれる。

「だから!何?!」

「……いいじゃん、付き合ってんだから……」

くぐもった声が背中に直接響いた。

「そ、そりゃ、そうだけど……危ないから、あっち行ってろ」

心臓がバクバクするから!

「……わかった」

するり……と手が離され、そのまま背中にあった熱が遠ざかった。
いつもの調子で行くと、ここでこんなに素直な反応をされるとは思わなかったから、
何となく肩透かしを食らったような気分になる。
音もなくキッチンから出て行く背中が、いつも以上に小さく見えなくもない。


餡が出来上がり、部屋のテーブルの上に置いたままになっていた皮を取りに行くと、
やつは定位置ですやすやと眠っていた。

何かあったのかもしれない……

その時初めてそう思った。
いつも突拍子のない行動をするから、何かあったときにはわかりにくい。
もしあったとしても、素直に言ってくるようなやつでもない。
そっとしておくか……
寝ているやつをそのままに、皮だけもってキッチンに戻った。




一人で黙々と作り上げ、蒸しあがったばかりの肉まんを皿に盛って、部屋に行く。
未だすやすやと寝息を立てているそいつの肩をわざと乱暴に揺さぶって起こした。

「おら、起きろ!」

「ふえっ……」

目をこすりながら起きたそいつの顔を横から覗き込むけど、目線は合わなかった。
テーブルの上で湯気を立てる肉まんに釘付けになったから。

「うまそう!」

「誰が作ったと思ってんだよ?」

「タロ。ありがとー。いっただきまーす!」

「おう」

「熱い!でも、うっまー」

起きてすぐにこんなに食えるものなのだろうか?
そして、このテンション。
いつも通りか?俺の思い過ごしか?

俺が2つ目、やつが4つ目の肉まんを食べ終わる頃。

「俺、そろそろ限界……」

俺が根を上げると、やつも苦しくなってきたのか、小さくなって後一口ほどの肉まんを持ったまま俯いた。

「どした?食いすぎて気持ち悪くなったか?」

聞くと、俯いたまま首を左右にぶんぶんと振った。

「じゃあ、何?」

「…………だ」

「は?」

「昨日、幸子が死んだんだ……」

「さ、ちこ」



出来た静寂に嫌なものが足元から駆け上がる。
休みの日の午後ののんびりとしたテレビの音だけが部屋の中に響く。
瞬時に色んな可能性が持ち上がり、全部を頭の中で否定する。
いや、そうであって欲しくないっていう願望だ。

「そう、幸子。ずっと一緒だと思ってたのに……」

「ず、っと、一緒……」

「うん。俺の一目ぼれで、何回も挑戦して、やっと手に入れて……」

何だ、これ……

「幸子は肉まんの皮が大好きで、よく俺がちぎってやってたんだ……」




肉まんの皮が好きな子、か……?ん?

「そしたら、寄って来て口をパクパクするから、喜んでるって思ってた」

「おい」

「何?」

「幸子って?」

「金魚の幸子に決まってんだろ?」

「……やっぱり」

「何だよ!やっぱりって!幸子は出目金なのに赤くて、かわいい奴だったんだよ!
それが一昨日帰ったら、水面に浮かんでたんだよ……」

がっくりと項垂れる奴とは別に、俺は心底ホッとしていた。
肩に手を置いて、ぽんぽんと叩く。

「元気出せ。幸子は幸子で幸せだったんだ」

「……そうかな?」

「ああ。それで、俺に肉まん作れって言ったのか?」

「違うよ」

「へ?」

さっきまでの落ち込みはどこに行った?

「会社の女の子が、肉まんって家でも作れるっていうから、じゃあお前に作って貰おうと思って」

「それだけ?」

「うん。でもさっき食ってて思い出した。幸子も肉まんの皮が好きだったなって……」

なぁ?俺はどうすれば良いんだろうか?
怒れば良い?笑えば良い?どっちなんだ?

しかも幸子はどうなんだ?一昨日だろ?忘れられてたんだろ?
幸子は本当に幸せだったのか?どうなんだ?!

「でも、タロってすげーよなぁ。何でも作れちゃうんだもんなぁ」

「……お前が作れなさ過ぎなんだよ」


もう、どうしていいのかわからなくて、手に持っていた肉まんをとりあえず口の中に放り込み、
お茶をずずっと吸って、胃の中に流し込んだ。
隣でやつも持っていた肉まんを同じようにして流し込み、にっこり笑ってこちらを向く。

「何?」

「ご馳走様でした!」

「ああ」

つられて薄い笑みを浮かべる。

「お礼」



そう言って近づいてきた顔がいつも以上に近くなったけれど、避けるまもなく唇に触れた感触。

ちゅっと可愛らしい音を立てたそれは、世の中でキスと呼ばれるものだった。






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