オムライス





俺は今、人生で最大の難関と向き合っている。

これは……絶好のチャンスというやつだと思う。
いや、きっと絶好のチャンスなんだ!

この機会を逃したら……きっと一生言えない。

そう思うと、手に握り締めていたものにぎゅっと力が入り、その途端、ドバっと勢い良く飛び出す赤い飛沫!

「ぎゃーっ!」

上げた声にバタバタとキッチンに近寄る足音。

「ど、どうしたっ?皿がビスケットになちゃった?……ぎゃっ!」

廊下から聞こえていたくぐもった声がクリアに聞こえだした途端、
キッチンの入り口で足を止め、息を呑む、そいつ。

キッチンのシンクを伝い、床に滴る赤い液体…

「……あっ…」

「待て!下手に動くなっ!いいかっ?」

妙に白熱して聞こえた声に……


一気に気持ちが萎えた。

いつもと違う状況。
なんで俺がこいつになだめられなきゃならない?




「……何でもねぇよ」

「知ってる。ケチャップだろ、それ」

「洗面所から、雑巾持ってきて」

「ラジャー!」

大変よく出来た返事を聞いて、視線をシンクの上に戻す。
そこに見えるのは、真っ赤に染まるオムライス。

そこに……「スキ」とか書こうとしていた俺。
何やってんだよ…

覚めてしまえば、夢もチャンスもあったもんじゃない。
冷静になればわかることなのに、ここんとこ、あいつの事しか考えてない。

「ほれ!」

入り口から急に投げ渡された雑巾に、びっくりして、持っていたケチャップが更に飛沫を待ち散らし、顔や腕にも飛び散った。

「ぎゃははははは!真っ赤ぁ!ケチャップ星人〜!」

腹を抱えて笑われる。

スキと書こうとしていたこと

とか、

最近の集中力のなさ、とか……

居た堪れなくて、泣きたい、もう…


いつものように、「何がケチャップ星人だ!お前も拭け!」とか言われるだろうと思っていたのか、
俯いた俺の雰囲気に、笑い声が止んだ。

「あ…あのっ…えっと…その…、笑って、ごめん」

そんな風に言われると、何か本当に涙が出てきそうになる…

「ほらっ!オムライス、冷えちゃうから、とっとと拭いちゃおうぜぇ〜…なっ?」

そんな言葉でも動かない俺を見て、居た堪れなくなったのか、持っていた雑巾とケチャップが取り上げられる。

「シャワーでも、浴びて来いよ。俺、片付けとくから」

さっきも思ったけど、いつにない状況だな……

「ほらっ!さっさと行け!ケチャップ星人!」
と言って、ドンと背中が押されて、狭いキッチンから追い出される。
仕方ないと浴室に向かう俺の背中に、はぁ〜と特大の溜息が落とされた。



シャワーを浴びながら、ふと気づく。

待て!あいつに片付けとか出来るのか?
ヤバイ!皿がビスケット程度なら良いけど……俺の渾身のオムライスが……

慌てて浴室を飛び出し、腰にタオルだけを巻いて行けば、キッチンは綺麗に片付けられ、
すでにやつは部屋の方にいた。

「あっ!もう出てきたの!?」

と焦っていることで、さては何かをやらかしたな…と思って近寄ると、
見えたテーブルの上で、視線が固まってしまった……





「タロ スキ」





無事だった方のオムライス。
その上に書かれたいびつだけど、そうとしか読めない文字。


「あっ!あっ…っと、これはっ、えっと……」

慌てふためき、さっきの惨状よろしく真っ赤になるそいつを見ても、まったく動くことは出来なかった。

「…うーーー…あ、あのっ!」

呻いていたと思ったら、急に大きな声を出すから、ぎょっと見開いたままの目で、そいつを見る。

眉間に皺が寄って、今にも泣きそうな顔。

初めて見たそんな表情になんか…ちょっと……そそられる……

「太郎が好きです!付き合って下さい!」

目をぎゅっと閉じたまま、叫ぶようにして言われた告白の言葉

何となくわかっていたことだけど、やっぱり言葉にされるとかなりくる。
うわぁうわぁと言葉にならない叫びだけが沸いた頭の中を飛び回る。
思考は焦って、喜んで、この上ないくらいに興奮しているのに、体がまったく動かなかった…
ある一部を除いては……

そろ〜りと閉じた目を開けたそいつは、何にも言わない俺を見て、しまったという表情をする。

「……何か言ってよ…」

と、何も言わない俺に悲しい目を向けながら言われる言葉。
気持ちに比例して落とした視線の先。
それは、

俺の



股間



テントかよ……

「あっ!いや……その、これは、その、興奮してだなっ…あ、えっと……うん。俺も、好きです。付き合って下さい」

股間を押さえながら言えば、

「……あっ……うん。嬉しいよ。すごく、でも…」

「で、でも?」

「股間、押さえながら言われても、嬉しさ半減だから、やっぱ今のなかったことでっ!」

「えぇぇぇっ!?」

「じゃあ、オムライス食べようか?あ、お前、そっちのケチャップ増量中の方ね」

何事もなかったかのように言われ、定位置に座り、目の前に置かれたオムライスの位置が変えられる。
そして、その場に呆然と立ち尽くす俺。
テントもあっと言う間に店じまいをし、タオルの下で大人しくなった。

「ほらっ!いつまでつったってんの?早く、食えっ!」


たっぷり時間を置いてから、動き出した思考は一気に加速を始めた。

「待て!俺が作ったんだから、お前がケチャップ増量中食えよ!」

「テントなんか勃てちゃうやつは増量中でいいんだよ!」

「はぁ?!だいたいなかったことって何だよ!
そもそもお前が急に告白なんてしてきて、必死で可愛い顔とかすっからテントとか張っちゃうんだろっ」

「俺の顔が可愛いのはいつものことじゃんかっ!
人が必死に告白してんのに、テント張るやつなんか見たことも、聞いたこともないっつーのっ!」

「ほおっ!それじゃ、俺が人類史上初の告白の最中にテント張った偉い人なんだ!
お前が書いた、その「タロ スキ」っていうオムライスは、俺に食う権利があるよなっ!」

「何で、お前に権利があるんだよっ!俺が書いたんだから、俺が食う!」

「いいえ!最初に書こうと思ってたのは俺なんです!
書こうとしたら、ケチャップが飛び出しただけで、そもそも最初に書こうとしたのは俺!
だから、俺がそっちを食う権利があんの!」


はぁはぁと肩で息をしながら、言い切ったと思ったら、隣からドンっ!と壁を叩かれた。
その音にびっくりしたのは……俺だけだった。


「お前…書こうとしてたの?」

下から見上げてくる目は、戸惑いを含んでいた。

「あ……うん、まあ」

そう言って、フローリングの上に何となく正座をしてしまう。
同じ目線になって、もう一度向きあう。すうっと息を吸い込んで、

「スキです、付き合って下さい」

言った言葉が重なって、一瞬のあと、一緒に噴出し笑いあった。


タロの部分とスキの部分が半分こにされ、増量中も半分こ。
同じ味のはずなのに、

「ちょっと、一口ちょうだい!」

そう言ってやつの口の中に吸い込まれたタロのタの字に、幸せそうな顔をした。







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