たこ焼き 「うっわーい!砂だ!砂しかない!」 はしゃぎまくり、駆け出すそいつの背を見ながら、俺も何とはなしに追いかける。 「なぁ!あそこのてっぺんまで競争しようぜ!」 「よし!負っけるもんか!」 「じゃあ、ヨーイ、ドン!」 「あ!ずっるいぞぉ!お前、今フライングしただろ!」 「あはは、足の長さが違うんだから、小さいこと言うなよ!」 「あはははは…」 徐々に霞のかかるそんな妄想すら浮かんでしまうのは、運動不足の俺の体が、呼吸困難で脳に酸素が足りていないからだ。 目の前には砂の壁。 ここを登らなければならない意味がわからない。 妄想では先に行っていたそいつは、今は俺のパーカーの裾を引っ張りながら後ろから着いて来ている。 時折砂に足をとられて後ろに転びそうになるのか、急にグイっと引っ張るものだから、そうじゃなくても呼吸困難なのに、 首が絞められ、正に息の根を止められそうだった。 バレンタインのお返しにどっか連れてけ!と休日の父親にせがむ子供のような要求を寄こしてきたのは、 昨日の昼。 どこに行きたい?と問えば、砂丘と言いやがった。 そして、来たからにはこの丘を制覇しなければ、帰ることは許されない! と豪語したそいつも、俺と同じく虫の息だ…。 「ハァ〜、しん、どい…」 「誰だ?ハァ…制覇、しな、いと、帰れない、とか、言った、のは…グエッ!」 上を向き、視界の砂と空との割合が空の方が多くなったことで、あと少しだと認めた途端、 急に後ろにグイっと引っ張られ、今度こそ砂ではない、何とかの川が目の裏に浮かぶ… 神様、俺はこのままこんなところで息絶えて死んでしまうのでしょうか…? 「死ぬかと思ったろうが!!!」 後ろを振り返りながら一気に言った後、ゼェゼェと酸素を貪っていると、 「も…む、り…」 しゃがみこみ、若干目に涙を浮かべて見上げて言う… くっそーーー! 今しがたこいつは俺を三途の川の向こう側に送ろうとしていたというのに…! かわいいじゃねぇか!!!ちくしょーーー! 俺もしゃがみこみ、見た目どおりの柔らかい感触のする髪に手をあて、 「もう、少し、だ。頑張れ…帰りに峠のたこ焼き買ってやるから、な?」 そう言えば、ニッマーと笑みを浮かべ、 「本当だな!絶対だぞ!」 急に元気になり、俺を置いて頂上目指して駆け出した! 「…は?」 「わーい!勝った!お前も早く上がって来いよぉ!すっげぇ眺めだぞ!」 今のはなんだったんだ?と思いながら、ふらふらと立ち上がり、 そのままゆっくりと登りだす。 頂上についてしまうと、何の隔たりもない日本海が広がり、風が吹きつける。 春にはまだ早いから、風は思った以上に冷たかった。 「寒い!帰ろう!」 そう言い捨てて駆け出すそいつは、わがまま極まりない。 折角登ったのだからともう一度景色を見回して、瞼の裏に焼き付けたいのに、浮かぶ映像はさっきの顔… あぁ!もう! やけになった俺も、一緒になって駆け出した。 約束通り帰りに峠のドライブインに寄る。 ドライブインの中にもたこ焼きは売っているのだが、通りを挟んだ路肩で売られている方がおいしいと有名だった。 既に数人並んでいる最後尾に並び、山の上とあって寒さに震えながら順番を待ち、10個入りで300円のそれを一つ買った。 車に戻り、ナビでテレビを見ていたそいつに袋を渡し、車を出す。 「うっおおー!たこ焼きぃ!」 喜んで蓋を開けた途端、車の中にソースの良い匂いが流れ出す。 「はっふ、はっふい!」 言葉にならない声を出しながら頬張っているのを横目に見ながら、ハンドルを操る。 ソースの匂いがやけに近くなったと思ったら、 「はい。あーんして!」 「は?」 「運転してて、食えないだろ?ほら、早く!落ちる!あーん!」 急かされ、慌てて口を開ければ、 「よし!」 熱々のそれを口の中に乱暴に突っ込まれた。 「はふっ!」 「熱かった?顔赤いけど?」 あぁ、確かに赤いだろうよ!知ってるよ!だけど、これは断じて、熱かったからだ!!! 何か俺、振り回されてばっかじゃねぇか… [*前] | [次#] ≪戻る≫ |