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単にネジと言っても、色々な種類がある。
形状だけに留まらず、色や原料までもを分別すれば、宇宙的な数字になるのかもしれない。
使用する場所や物によって、それぞれの特性を活かした形を作り出さなければならない。
ただの針金を圧造機で切り、最初にネジの頭の部分を造る。
その後、一度洗浄し、転造機と呼ばれるもので、ネジ部分を造る。
めネジを必要としないタッピングネジを造るのなら、その後足割り機というもので、ネジの先端に切り込みを入れる。
横山の持ってきた通信販売のローボード一つを作るのに、必要なネジは4種類。少ないほうだ。
サイクルの早い通販業界では、ある程度の数を生産するとすぐに新しいデザインに変更される。
その度にネジの形や色、原料が変わる。
その打ち合わせに横山がやってきた。

「ここの部分は、出来れば山を出したくないんですよ」

「ああ、そうでしょうね。同じ原材料で同じ強度のこちらのネジなら山がないのでいいと思います。
だけどこの長さがなければ、この板を支えることは出来ませんよ」

「ええ、わかってます。それと……この形だと台所や洗面所といった水周りに使いたいという声も上がりそうなんですよ。
出来れば防錆加工をしたようなものが良いのですが…」

「じゃあ、こっちになりますが……色が浮いてしまいませんか?」

「う〜ん……上からシールを貼るということにすれば、それほど色は気にならないと思うんですよ」

「ああ、そういう方法もあるんですね。白い板にこのネジだと色が浮いてしまうから、どうしようかと思っていたんですよ。なるほどねぇ〜。じゃあ、次はこっちの…」

机の上に広げたデザイン案を見ながら、うちの工場で出来るネジの写真を入れたファイルを数冊広げ、先に送ってもらっていたFAXを参考に調べておいたネジの商品説明をする。
横山が初めてこの工場を訪れ、爪先立ちになって入ってきたとき、電話でも良いじゃないかと思ったけれど、
こうやってネジを直に見てもらったり、根を詰めて話が出来ることの大切さを身を持って知ることになった。
親父に任せっきりになっていたこういうことをしようと思ったのは、跡を継ぐと決心したからだった。
言葉では簡単に跡を継ぐと言える。
だけど、行動に移してこその跡継ぎなのだ。
その一歩として、今日の打ち合わせを俺がすることにした。

「直也」

あと少し……そう思っていたところに事務所の奥にある扉から、お袋が顔を出す。

「何?」

「コーヒー淹れたから、ちょっと休憩でもしたら?」

「ああ、ありがとう」

「すみません、お気遣いなく……」

「いいえ!お茶も出さずにいきなり仕事の話を始めたこの子が気が利かないだけなのよ」

席を立って扉の前まで行けば、突き出すようにして盆を渡される。
小さな声で「大丈夫?」と聞いてくるあたり、俺の仕事っぷりが気になっていたようで、
その声にほんの少しムッとして、「大丈夫だよ」とぶっきらぼうに答えた。

「横山さん。あんまり遅くなるようだったら、晩御飯食べて行って頂戴ね」

俺の体の横から首を伸ばして言ったお袋の言葉に焦って振り返れば、一瞬虚をつかれたような顔をした横山だったが、次の瞬間には笑顔になっていた。

「ありがとうございます。でも、会社に戻って仕事が残ってますから。そのお気持ちだけ頂いておきます」

「あら、そう。大変ねぇ。またゆっくり来て頂戴ね」

なんて田舎のおばちゃん丸出しのお袋の言葉に、空いている方の手で扉の向こうにお袋を押し込んだ。

「すみません」

「いえ。一人暮らしなので、こういう言葉を掛けて頂けるだけでも嬉しいですよ」

「じゃあ、今度ゆっくりうちで飯でも」

「いいんですか?本当に来ちゃいますよ」

ケタケタと笑いながらも広げていたものを机の角に寄せてくれたから、出来たスペースにカップをコトリと置いた。
再びソファに腰掛け、カップを持って口元に運ぶ。
近くなったカップとの距離にいつもよりも香りが良いことに気づく。
普段どんな業者が来てもインスタントコーヒーだったのに、ドリップされたコーヒーだとわかれば、
お袋の中での横山の位置が知れる。
いや……横山の会社の位置だろうか……
一口含めば、正直にうまいと思えた。
横山のお陰で、俺までおいしい思いが出来ることに、ほんの少しだけ頬が緩む。



「そういえば…」

カップの湯気の向こうで横山の声が小さく漏れた。

「はい?」

「直也さん、彼女が出来たって」

「え!?いや…それは…誰に?」

「奥さんから」

「お袋が?いやっ!違うんですよ…」

「しょっちゅうデートに行ってるって誠也くんも」

「……違うんです。高校のときの同級生で……時々飯に行ったり、飲みに行ったりするだけで、そう言うんじゃ…」

「でも、お昼休みにも電話があるって社長も言ってましたよ」

「う……ええ、まぁ、それは、そうなんですけど…付き合ってはないんです」

「でもそれって、付き合ってるようなものじゃないですか。
真理さんもお兄ちゃんに彼女が出来てホッとしたって」

にっこり笑いながら告げる横山の顔が憎らしくさえ思えてくる。
家族総出で言いふらしている事実に額に手を当てて俯き、腹の底から息を吐き出した。

「……まぁ、でも……違ってて……」

「違うって何がですか?」

目線だけ上に向けると、横山が意地の悪そうな顔で笑っている。
何となく察しているのにそれをはぐらかす様な……

「ひょっとして、こういう話って好きですか?」

意地悪く聞いてやると、

「あれ?そんな風に見えましたか?」

とぼけて答えているのに、そういう話は嫌いじゃないと顔に書いているような気がした。

「ほら……直也さんって真面目で、男の俺から見ても良い男だなぁって思うのに、
この半年ほどの間にそういう話って聞かなかったから、ちょっと気になって。
……そうしたら皆さんが話してくださるんで…」

「ははは……買いかぶりですよ。本当にそういうのではなくて…」

「じゃあ、どんなのですか?」

興味津々と言った感じの目に、少し嫌な気持ちが持ち上がりかけたけれど、
横山なら話してもいいような気がした。
山下に相談しようかとも思ったが、本人を知っている分、何の拍子に耳に入るかわからない。
それに正直誰かに聞いてもらいたいような気もした。
仕事の打ち合わせの席なのに、こんな話をしていても良いのだろうか?と思ったけれど

「私で良ければ伺いますよ」

なんてすました顔で言われてしまったから、閉ざした口を開いてしまった。


あの時、俺は吉川さんとは終わったと思っていた。
それなのに、数日経ったころから今まで通りに連絡をしてくるようになった。
断った……と自分では思っていたけれど、口に出してきちんと告げたわけではない。
だから、彼女からの電話の誘いに断る理由もなく、言われるがままに会っている。
あの日のようにあから様に迫って来られれば断ることも出来るのだろうが、
本当に飯を食いに行ったり、飲みに行ったりするだけ。
男女というものを飛び越えて、単に気の会う友達になりつつある。
だけど、周りは違う。
年頃の……それも古い言い方をすれば結婚適齢期の男女が二人で仕事が終わってからわざわざ出掛けていれば、
付き合っている……と思うのかもしれない……

「それは……タイミングを計ってるって感じなんじゃないんですかね?」

全部を全部、話すことをせずに相当かいつまんで話したのに横山は察してくれた。

「やっぱりそう思いますか?」

「はい……って私も恋愛経験が豊富な方じゃないんで何とも言えませんが。
今の話を聞く分には、そういう感じじゃないかな、と。
本当のところは彼女以外はわかりませんけどね」

「……そうですよね…」

自分が何となくそうではないだろうか?と思っていたときに、自分もそう思うと言ってもらえると、ホッとする。

「でも……何で直也さんは、その彼女じゃダメなんですか?」

「え……」

「まぁ、恋愛って理屈じゃないですけど、理屈で考えるといい人ですよね。その人。
一生懸命だなっていうのが何となくわかるし……」

「ああ……いい子だなっていうのは思うんですけど……」

「けど?」

「……ずっと、…ずっと気になってる人がいるんですよ…」

「へぇ」

「あ、いや、まぁ、こっちは全然会ってもないし、連絡すらないんですけど…」

「ああ、わかります。忘れられないって感じの人ですよね?私にもいますねぇ、そういう人」

横山のこの言葉には同意できなかった。
だって相手は男だ。
連絡先は伝えてある。家だって知っている。
それでも連絡がないということは、つまりはそういうことだ。
諦めれば良いと思うのに、諦められない。

すっかり冷たくなったコーヒーを一気に飲み干す。
おいしいと思っていたコーヒーは、冷めてしまうと酸味がきつかった。

「小椋とはこういう話をしないんですか?」

またしても、横山の口から急に出た小椋の名前。

「……ええ、まあ」

「あいつって、そういう話を妙に隠したがるんですよね。何か知りません?高校のときのエピソードとか…」

「いや……別に」

「そうですか……あのルックスで弁護士でしょ?実家は金持ちで、身のこなしとかもやたらとスムーズで、
男として一緒にいるのが嫌になっちゃうようなタイプなのに、そっちの話はめっきり聞かない。
大学の時だって、女子の間ではそりゃあもうすごかったんですけど……」

「へぇ」

「俺の知る限り、あいつに彼女がいたことってないんですよ。
ひょっとして……悔しいですけど、とっかえひっかえして特定の彼女を作らなくてもいいような生活をしているんじゃないか、とか」

「そういうタイプではないような気が」

「そうですよね。でも、ものすごく謎なんです……
そう言えば……あいつがいつも一緒にいたのって……
たしか……竹…たけした?いや違うな……たけもと?じゃなくて……」

嫌な気がした。
それでも確かめられずにいられなかった。

「竹中?」

「そう!竹中くん!直也さんも知ってますか?」

「……多分、同級生の竹中だと思いますけど……」

「ああ、そうでしたね。高校3年生のときに一緒になったとかって言ってような気もします。
大学が違ったんですけど、たまにサークルの飲み会とかあって急に小椋を呼び出すと一緒に来たりして……
そんなに背が高くなくて、線が細くて……大人しい感じで…って合ってます?」

「……ええ」

「ああ、じゃあ竹中くんですね」

心臓が……ドクンドクンと嫌な感じで動き出した。

「小椋が連れてたのって竹中くんくらいで。大人しいから心配だったんでしょうか?
友達も少なかったみたいだし。小椋といるとお兄ちゃんと弟みたいな感じで…」

点だったものが少しずつ線になっていく……
どういう経緯でそうなったのかはわからないけれど、竹中と小椋が未だに連絡を取っているというのが
事実として繋がっていく……

「飲み会のときもそんなに人と話をするようなタイプじゃなかったから、私もあんまり話はしてないんですけど……」

自分の内側にある気持ちを悟られまいとして、思い出すように話している横山の声が上っ面を流れていっていたのにその言葉に耳は反応した。
そして、思い出されるいつかの教室。

雑然とした教室の中、そこの部分だけ切り取ったような、人を寄せ付けないオーラを纏った竹中の姿……
3年で一緒のクラスになって、築き上げていた壁を取っ払ってやったような気がした。
紛れもなく、その壁を崩したのは自分だと思っていた。
なのに、飲み会の席で人と話をしなかった、とか。
現に横山だって名前を忘れてしまうくらいに印象が薄い。
せっかく笑っていたのに……
楽しそうに、嬉しそうに、弾けるような顔を自分に見せてくれていたのに……
そう思うと、さっきから嫌な動きをしていた心臓のあたりがぎゅうっと押しつぶされるような動きをして、血液の流れを悪くする。それが手足の先から冷えていくような……
だから、聞かずにはいられなかった。



「竹中は……笑っていましたか?」

「え?」



話の腰を折るようにして発した声に一瞬、嫌な間が出来た。
何と思われるのか……少し不安になったけれど、それでも聞かずにはいられなかった。


「竹中はその飲み会で、笑顔で誰かと話をしていましたか?」



と――






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