3 竹中からの連絡は当たり前のようになかった。 仕事でも使っている携帯なので、仕事の話をしている最中でも鳴ってしまうのではないのか?と思うと、 大切な話なのに早く切りたくなる。その間に電話をしてきて、話中で…もう二度とかけてきてくれなかったら…と思うと、要件も早々に電話を切ることが増えた。 パカっと空けては落胆して溜息を漏らす。 その生活が2週間にもなると、正直精神的に参ってくる。 怒られるのを承知で、山下に連絡をして飲みに行く。 飲んでは飲みすぎて山下に怒られる。 俺は一体何をやっているのだろうか… そんな日も1ヵ月が過ぎた。 飲みに行くときは大体電車に乗るから、乗った電車に竹中の姿がないかと探してしまう。 これも一つの言い訳で、また偶然に出会わないだろうか?竹中が降りた駅に来るたびに周囲を見渡す。 この駅の近くに住んでいるのだろうか?と思うと降りて探したい衝動に襲われるけれど、遅れて山下を怒らせることも嫌なので我慢する。 街中までの40分。電車の中で、きょろきょろとしている自分は酷く不審な人物だろう… その日は珍しく小椋がいた。 大学を卒業してから地元に戻って来た小椋とは仕事が忙しいとかで年に二、三度しか会うことはない。 山下が二人で飲むことにも、介抱をすることにも疲れてしまったのかもしれない。 小椋がいればまた状況が違ってくると思ったのか、久しぶりと声を掛けてきた小椋の顔が少し引き攣っていた。 馴染みの居酒屋に足を向け、案内された座敷に通される。 俺の横に山下が座り、向かいに小椋が一人で座った。 山下の読みは正しくて、小椋が混ざれば雰囲気も変わる。 何となく小椋には負けたくないと言う思いがある。 男として、持っているものが違いすぎるからかもしれない。 頭が良くて、綺麗な顔をして、背も高く、均整のとれた体をしている。 弁護士という社会的に認められる仕事をして、実家は金持ち。 おまけに優しい。 そんな男にコンプレックスを抱かない男がいたら教えて欲しいくらいだ。 「最近、工場の方はどう?」 ほうれん草の胡麻和えをつつきながら小椋が聞いてきた。 「さっぱりだよ。不景気の風をもろ浴びてる感じだな」 「それでも、それなりにうまく行ってるんだろ?」 「まぁなぁ。昔からの馴染みの工場が声を掛けてくれるから。親父のお陰っちゃお陰だし…。二代目としては情けないけどな」 「そんなことないだろ。凄いと思う」 褒められると何となくこそばゆい。 すごいと言われるためにやっている訳ではないけれど、気分が良いことに違いはなかった。 「俺、ちょっとトイレ」 そう言って小椋が席を立つ。 横に座っている山下を見れば、 「小椋連れて来て、正解だったな」 「やっぱりそうか…」 「感謝しろよ、俺に。この間電話したら、すっげぇ忙しいから…って言われて、 お前が竹中に会って、連絡先を教えて貰えなかったって言って落ち込んでんだって20分くらい粘ったんだぞ。」 「…そんなことまで言うなよ。恥ずかしい…」 「だって事実じゃんか」 引き攣ってはいたけれど、顔色一つ変えずに関係ない話をしていた小椋に知られていると思うと、戻ってきたらどんな顔をすれば良いのかわからなくなる。 勘弁して欲しい… 額に手を当ててうな垂れる。 はぁ〜と溜息が出たところで、テーブルの上でブーブーという携帯の着信のバイブの音が聞こえた。 慌てて自分の携帯を手に取って見たけれど、自分の携帯は相変わらず着信を示すメッセージはなかった。 それに気づいた山下が、 「残念。小椋のみたいだな」 笑いながら言われて、更に落ち込む。 竹中、電話してきてくれよ… 未だになり続けている小椋の携帯。 着信を示すサブディスプレイが切れる瞬間に見えて浮かんだ文字にすべての思考が一瞬止まった… 「竹中 純」 見間違いかもしれない。 たった一瞬だったし… 動かないなりの思考で考えたくないことを考え始める。 俺が知らない番号。 俺が待っても待っても連絡のない番号。 そこから何で小椋に連絡があるんだ? 小椋はずっと知ってたのか? いや卒業の時に聞いたら、小椋も知らないと言ってた。 最近会ったのだろうか… 何で? 何で? 疑問ばかりが渦を作る。黒い感情が持ち上がりかけたとき、小椋が戻ってきた。 「小椋、携帯鳴ってたぞ」 山下が教える。 「え?あ、本当だ…あ…」 掌の中に俺の欲しいものを持っている男。 それでなくても、俺からすればすべてを持っているようにさえ思う。 「悪い。ちょっと、掛け直してくる…」 立ち上がり掛けた小椋の腕を取ったのは一瞬だった。 「何で、竹中から連絡があるんだ…?」 「え?」 握った拳にぎゅっと力が入る。 「俺が竹中から連絡がない…って落ち込んでるって、山下に聞いたんだよな?」 語気が荒くなり始めたのが自分でもわかった。 「痛い…岩田。離せ…」 「何で、お前に竹中から連絡があるんだよ!」 突き飛ばすようにして離した小椋が後ろに倒れそうになったのを山下が腕を伸ばして支えた。 「落ち着けよ、岩田!」 山下の声に頭に血が上っていたのが徐々に下がっていく。 「悪い…」 財布の中から札を抜き出し、机の上に置く。 ジャケットを掴んで、 「先に帰る」 言葉だけを残して早々に店を出てしまった。 山下が何か言っていたけれど、駅に向かう道を追いかけては来なかった。 竹中からじゃなかったかもしれない。 ずっと竹中の事を考えているから、竹中に近い名前がすべて「竹中」と見えてしまうのかもしれない。 春の夜の風は冷たい。 その風が頭を冷やしていく。 話をしなければ本当の事はわからない。 だけど、自分が話が出来るような状態ではなかった。頭に血が上り過ぎていた。 当たる風に冷やされた頭で、それでも思う。 何で、小椋は竹中の連絡先を知っていたのだろう…と。 [*前] | [次#] ≪戻る≫ |