2 「お前、飲みすぎじゃねぇ?」 明日が月曜日だとか、山下がさっきから同じ台詞しか言ってないとか、どうでも良かった。 今日は久しぶりに買い物に出ようとして、家の駐車場に行ったら、一台しかない車は、そこになかった。 お袋に聞いたら、おやじが近所で花見をするとかで乗っていったらしい。 急ぐわけでも、大きなものを買うわけでもなかったから、電車で行くことにした。 久しぶりに乗る電車はそれでも新鮮で、子供の頃はこれに乗せてもらえることを心から喜んでいた。 電車で行くと言われるとはしゃいで駅まで行ったのを覚えている。 なのに、いつから面倒だと思うようになったのだろうか。 春の日差しは心地よくて、駅のホームは高台にあるためか、線路に沿うようにして桜が咲いていた。 もうそんな季節か、あれから随分と経つけれど、この季節はやっぱりどこか憂鬱になる。 卒業式の後。夕方から集まった皆で飲み、その後カラオケに行った。 朝日を浴びながら家路に着く。 残り5駅ほど、時間にして30分。 終着駅の俺と、その手前の竹中と二人。 楽しかったと笑って、カラオケの時の話をして、竹中の駅に着いたとき、 「またな。連絡する」 そう言った俺に、 「……あぁ、また、な…」 どこか歯切れの悪い竹中の言葉に、違和感は覚えた。 家に着いて、風呂に入り、眠気に誘われるように寝て、起きたのは夕方だった。 駅で別れた竹中の事が気になって、携帯に電話をした。 感じた違和感を早く払拭したくて。 起き抜けに間違った訳じゃない。メモリーに登録されている番号を呼び出したのに、聞こえてきた言葉は、 解約を知らせる女性アナウンスの声だった。 まさか…! 焦る思考で高校の名簿を探し、自宅にかけた。 竹中の母親らしき人物から、竹中が既に大学のあるところへ今日旅立ってしまったこと。 携帯を今日解約したから、後日、竹中から連絡させると言われ、 顔も見たことのない竹中の母親にこれ以上食いつくことも出来ず、渋々電話を切った。 だけど、それから、竹中から俺に連絡があることはなかった…。 記憶の奥の方へ仕舞いこんで蓋をした気持ちも、色あせ、忘れ去られようとしていた今。 懐かしい感傷と共に、その人物は目の前に現れた。 びっくりしたと同時に、嬉しさが浮き上がってきた。 どうしよう?何を話さそう?そう思っていた時に不意に浮かんできた疑問。 会ったら聞こう。そう思っていたことを口に出したのに… 当の竹中は忘れていた。 挙げ句に今住んでいるところすらも教えてくれなかった。 強い拒絶にそれ以上突っ込んで聞くことも出来なかった。 だから、望みを託して名刺を渡した。 携帯の番号も書いてある。 あの時のように、鳴らないのだろうか…。 鳴らないかもしれない… そう思うと、苦しくなった。 あの時と同じように。 蓋をした気持ちが溢れて、無理矢理に蓋をこじ開けようとしていた。 買い物どころではなくなった気持ちに、山下を呼び出して、飲みに行くことにした。 電話をすれば、二つ返事了承してくれた。 「嫌だぞ。明日早いから、酔っ払っても俺は介抱しないからな」 「ああ」 「今更だけど…何かあったのか?」 「…今日、竹中に会ったんだ」 「竹中ってあの?」 「ああ」 「ふーん。で?」 「連絡先を聞いても教えてくれなかった…」 「…で?」 「で?って!」 「だって、本人が教えたくないって思ったんなら、仕方ないだろ?何でかな?とは思うけど…もしかして、嫌われてたとか思ってんの?」 「そうじゃない…」 「だったら仕方ないだろ?考えんなよ。深く考えるから傷つくんだ。」 確かにそうだ。普通の友達ならここまで考えなかったし、ひょっとしたら連絡先すら聞こうとも、教えようとも思わないのかもしれない。 俺が「特別」って思っているだけで、竹中からすれば、ただの友達で、俺と会ったことなんて取るに足らないことなのかもしれない。 だけど… あの空気を持っていた。騒然としたクラスで、切り取ったような空気を持っていた。 誰も目に入れない、誰も寄せつけない、冷たく張られた空気。 その切り取った空間から引きずり出したのは俺だと思う。 楽しそうに笑っていた。 空間から抜け出した竹中は、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。 だから、あいつからしてみても、俺が「特別」だって思う。 これは自分勝手な考えなのだろうか… 自惚れなのだろうか。 暗く落ち込んだ気持ちをどうにかしたくて、俺は目の前の酒に手を伸ばす。 「飲み過ぎだって!」 怒るように言った山下の言葉は、それから先も耳に蓋をした俺には届くことはなかった。 [*前] | [次#] ≪戻る≫ |