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「お前、飲みすぎじゃねぇ?」

明日が月曜日だとか、山下がさっきから同じ台詞しか言ってないとか、どうでも良かった。


今日は久しぶりに買い物に出ようとして、家の駐車場に行ったら、一台しかない車は、そこになかった。
お袋に聞いたら、おやじが近所で花見をするとかで乗っていったらしい。
急ぐわけでも、大きなものを買うわけでもなかったから、電車で行くことにした。
久しぶりに乗る電車はそれでも新鮮で、子供の頃はこれに乗せてもらえることを心から喜んでいた。
電車で行くと言われるとはしゃいで駅まで行ったのを覚えている。
なのに、いつから面倒だと思うようになったのだろうか。

春の日差しは心地よくて、駅のホームは高台にあるためか、線路に沿うようにして桜が咲いていた。
もうそんな季節か、あれから随分と経つけれど、この季節はやっぱりどこか憂鬱になる。

卒業式の後。夕方から集まった皆で飲み、その後カラオケに行った。
朝日を浴びながら家路に着く。
残り5駅ほど、時間にして30分。
終着駅の俺と、その手前の竹中と二人。
楽しかったと笑って、カラオケの時の話をして、竹中の駅に着いたとき、

「またな。連絡する」

そう言った俺に、

「……あぁ、また、な…」

どこか歯切れの悪い竹中の言葉に、違和感は覚えた。
家に着いて、風呂に入り、眠気に誘われるように寝て、起きたのは夕方だった。
駅で別れた竹中の事が気になって、携帯に電話をした。
感じた違和感を早く払拭したくて。
起き抜けに間違った訳じゃない。メモリーに登録されている番号を呼び出したのに、聞こえてきた言葉は、
解約を知らせる女性アナウンスの声だった。

まさか…!

焦る思考で高校の名簿を探し、自宅にかけた。
竹中の母親らしき人物から、竹中が既に大学のあるところへ今日旅立ってしまったこと。
携帯を今日解約したから、後日、竹中から連絡させると言われ、
顔も見たことのない竹中の母親にこれ以上食いつくことも出来ず、渋々電話を切った。
だけど、それから、竹中から俺に連絡があることはなかった…。

記憶の奥の方へ仕舞いこんで蓋をした気持ちも、色あせ、忘れ去られようとしていた今。
懐かしい感傷と共に、その人物は目の前に現れた。
びっくりしたと同時に、嬉しさが浮き上がってきた。
どうしよう?何を話さそう?そう思っていた時に不意に浮かんできた疑問。
会ったら聞こう。そう思っていたことを口に出したのに…
当の竹中は忘れていた。

挙げ句に今住んでいるところすらも教えてくれなかった。
強い拒絶にそれ以上突っ込んで聞くことも出来なかった。
だから、望みを託して名刺を渡した。
携帯の番号も書いてある。

あの時のように、鳴らないのだろうか…。

鳴らないかもしれない…

そう思うと、苦しくなった。
あの時と同じように。
蓋をした気持ちが溢れて、無理矢理に蓋をこじ開けようとしていた。
買い物どころではなくなった気持ちに、山下を呼び出して、飲みに行くことにした。
電話をすれば、二つ返事了承してくれた。

「嫌だぞ。明日早いから、酔っ払っても俺は介抱しないからな」

「ああ」

「今更だけど…何かあったのか?」

「…今日、竹中に会ったんだ」

「竹中ってあの?」

「ああ」

「ふーん。で?」

「連絡先を聞いても教えてくれなかった…」

「…で?」

「で?って!」
「だって、本人が教えたくないって思ったんなら、仕方ないだろ?何でかな?とは思うけど…もしかして、嫌われてたとか思ってんの?」

「そうじゃない…」

「だったら仕方ないだろ?考えんなよ。深く考えるから傷つくんだ。」

確かにそうだ。普通の友達ならここまで考えなかったし、ひょっとしたら連絡先すら聞こうとも、教えようとも思わないのかもしれない。
俺が「特別」って思っているだけで、竹中からすれば、ただの友達で、俺と会ったことなんて取るに足らないことなのかもしれない。

だけど…

あの空気を持っていた。騒然としたクラスで、切り取ったような空気を持っていた。
誰も目に入れない、誰も寄せつけない、冷たく張られた空気。
その切り取った空間から引きずり出したのは俺だと思う。
楽しそうに笑っていた。
空間から抜け出した竹中は、嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。
だから、あいつからしてみても、俺が「特別」だって思う。

これは自分勝手な考えなのだろうか…
自惚れなのだろうか。

暗く落ち込んだ気持ちをどうにかしたくて、俺は目の前の酒に手を伸ばす。

「飲み過ぎだって!」

怒るように言った山下の言葉は、それから先も耳に蓋をした俺には届くことはなかった。






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