欲情と愛情の狭間で… 2



ガチガチと鳴る歯は寒いからではない。恐いからだ。
動けない俺の左手も掴んで、右手と左手を机の上で一括りにされた。
小椋がその手を見ながら、

「お前は何かを隠してる、だろ?」

確信を持って発した言葉に、必死に考える。

何が恐い?小椋が恐い?

俺の手を掴んでいた手が、徐々に這い上がり、

「当ててやろうか?」

肩まで到達して、下から見上げてくるように合った視線。
言わなくてもわかるだろ?という意味を含んだ言葉。

当てられるのが恐い?
聞いたら認めてしまう自分が…恐い?

「お前は……竹中は、岩田が好き、なんだろ?」

ぎゅっと掴まれた肩と言われた言葉の破壊力は凄まじいもので、
完璧な城壁を作って入り込んでいたところをぼろぼろと崩され、
あっという間に俺は隠れていたところから引きずり出された感覚になる。
すべてを剥かれ、裸で立っているような…

「……そうだろ?」

念を押す小椋の声が……
嫌いじゃない声が……
噛み付くように口付けた首筋に染み込んでいく。

そのまま動けない俺と机を挟んだ状態で、噛み付いた唇が首筋から徐々に上がり、耳朶に甘く歯を立てられる。

「……っふ」

漏れた吐息に色が着いたのを知らせてしまい、
浮かんできたもので、赤い教室を見ていた視界がぐにゃりと歪んだ。

「恐い?」

耳の中に舌を入れられながら言葉を発せられれば、
背筋からゾクゾクと駆け上がるのが恐怖でないものくらいは理解が出来た。
弱々しくふるっと一度首を横に振れば、同意をしたのも当然だった。
それを合図に耳から顔を上げ、俺の顔を見てふっと薄く笑い、
目の縁に溜まった涙を唇で啄ばんだ。
そのまま目を閉じていれば、瞼、頬、鼻と啄ばみ、
最後にゆっくりと触れるだけのキスを落とす。


そのキスが、心と体をバラバラに離してしまった。


体を離れた心は、岩田を求めたまま空中に浮かび、
心のなくなった場所に小椋の与える快感が入り込んでくる。
その快感に満たされ、いっぱいになって弾けた後に、
取り戻した心は、
元の大きさに戻ることはなく、微妙な隙間を作り、
変形し、凝縮し、小さく小さく萎んでしまった。







弛緩した体を横たえていると、起き上がった小椋がシャワーを浴びに行った。
初めての時を思い出せば、今でもゾクリとした悪寒が背筋を這い上がってくる。
シャワーの流れる音が遠く小さく聞こえてくる。

思い出してしまったのは、きっと岩田に会ってしまったからだ……

バタンとドアの閉まる音が聞こえ、腕をついて上半身だけを向ければ、
小椋がバスローブを羽織り、タオルで髪を拭きながら出てくる。
冷蔵庫を明け、水のペットボトルを取り出しキャップを捻る。

「お前も浴びて来いよ」

「……うん」

だるく重い腰を浮かし、ベッドから下りると、引きずるようにして浴室へと向かった。
行為が激しさを増せば増すだけ、心の隙間は大きく大きく空いていく。
何年も重ねた行為によって、最早ぽっかりと空いてしまった心に風が吹き抜ける。

少し熱めのシャワーを浴び、匂いも感覚も洗い流していく。
丁寧に中を掻き出し、行為の色香を消し去ってしまえば、
いつも通りさっぱりとする…はずだった。

だけど、妙に残ってしまったような気がして、
何度も何度もボディソープをつけたスポンジでこする。
赤味を帯びた皮膚がシャワーに当たるとぴりりと刺激が走った。


小椋と同じようにバスローブを羽織り、タオルで髪を拭きながら出て行くと、
キッチンにいた小椋がペットボトルの水を渡してくれた。

「……ありがと」

素直に受け取れば、力ない微笑を浮かべて、

「何かあったのか?」

「……別に」

「そうか……。何かあったらいつでも言えよ」

力ない微笑のまま、そんな優しい言葉をかけてくれる。


最初こそ襲われるような恐怖を与えたこの小椋という男は、
本当は優しい男だった。
地元の国立大学を目指していた俺が、高校の進学のとき同様にいきなり進路を変えた。
住んでいるここから離れられるならどこでも良かった。
もちろん小椋のことも関係していた。
だけど……

だけど、一番の原因はやはり、岩田だった。

性に対して一番過敏な時期であったこともあるのだろう。
人から快感を与えられることを知った体が、
好きな人からその快感を与えてもらいたいと望むことはごく当然な事である。
しかし、体は大人でも心はまだまだ高校生。
そんな事は汚らわしいことで、
好きな人をそういった対象として見てしまう、自分から逃げたかった。
ただただ、岩田のいない、目に入らない世界に行きたかった。



「竹中。俺とここから離れないか?」

受験間近にかけられた小椋の言葉に、
縋るようにして、俺と小椋は同じ地域の別の大学に行った。
小椋の家は田舎のここでは有名な名家で、小椋はそこの次男だった。
恐ろしく出来の良い兄と比較されることが多かった小椋も、
そんな兄のいない世界へと逃げたかったのかもしれない。






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