欲情と愛情の狭間で… 6 どちらかの手を取ってしまったのなら、どちらかの手を諦めなければならない。 どちらの手も取ることは、許されない。 だけど……本当に差し出された手は二つあったのだろうか…… 最初から、一つの手しか自分には差し出されてはいなかったのかもしれない…… あの日を境に小椋との距離は縮まった。 月に数回しかなかった呼び出しが、先週は3回も会っていた。 それを嫌だと思う感情はない。 寧ろ、嬉しいとさえ思う。 小椋が俺を求めてくれる。 それが嬉しい。 仕事が終わり、会社のロビーを抜けると、目の前の大通りに見慣れた高級車が止まっていた。 さっき来たメールで、これから事務所を出るとあったけれど… 思いながら助手席側に近づくと、内側からドアが開く。 「お疲れ」 言われた言葉に、お疲れとだけ返し、助手席に身を滑り込ませる。 バックミラーを伺いながら走り出す車の助手席に身を預けた。 まっすぐに前を見て、ハンドルを握る小椋を見る。 「何、食べたい?」 目を向けることなく言われる言葉に、 「何でも……あっ……あっさりしたのが良いかも……」 「あっさりしたもの、ね。……寿司は?」 「……回ってるやつ?」 絶対に違うと思いながら言えば、 「純が回ってる方が良いっていうなら、そっちでも」 やっと向けられた目は、三日月の形になっている。 優しい言葉も、態度も、包み込んでくれるような雰囲気も、好きだと思う。 ずっとある感情とは別の場所で、好きだと思う。 だけど…心の奥底にある求めて止まない三日月は……今頃何をしているのだろう…… 「はは!本当に?じゃあ、回ってるやつ」 気持ちを隠すようにしてわざと冗談のつもりで言ったのに、了解と言ってふわっと小椋が笑う。 身を預けた車が、街中を離れ、郊外へと向かうのに、左折した。 胃がはち切れそうになっているのは、回転寿司は初めてだと言った小椋が、あまりにも楽しそうに笑うから、 つられるようにして食べ過ぎてしまった。 乗っている車がどこに向かうのかはわかっている。 小椋のマンションに向かう通りを曲がり、少し行くと地下の駐車場へと入っていく。 薄暗い駐車場に人影はなく、エレベータに乗り込んで、苦手な浮遊感を味わう。 玄関の鍵を開け、リビングに向かおうとした俺の腕を取り、薄暗い廊下の壁に押し付けられるようにしてキスをされた。 飲んでいないから、酔ってはいない。 求めてくれてる……それも……早急に。 思うと嬉しくて自分から舌を差し出す。 ぎゅっと吸い付いてくる小椋の口の中に導かれ、舌先を小椋の舌が愛撫する。 気持ちよくてうんと吐息が漏れた。 視界が酸欠と快感で潤み始めたころ、やっと唇が解放された。 「風呂、一緒に入ろう……」 快感を得ていたのは自分だけではなくて、小椋も一緒だった。 肩を抱かれるようにして導かれた浴室は、いつもと変わりなく清潔な感じがした。 何度も重ねた体なのだから、見慣れているはずなのに、 セックス以外で裸になることがこんなに恥ずかしいなんて思ってもいなかった。 隠すようにして服を脱ぐ。 正面にある大きな洗面台の鏡が、自分を背後に立つ小椋を映し出している。 下着を脱ぐのを躊躇して、タイミングを見るつもりで鏡の中の小椋を見れば、目が合った。 「恥ずかしい?」 聞かれた言葉にコクンと頷けば、後ろから小椋が抱き着いてくる。 首筋に頭を落とし、強く吸い上げられる。 小椋の唇が離れたところに、赤い跡が残る。 「じゃあ……もっと恥ずかしくならなくちゃ」 抱きつかれた手が、胸の頂を愛撫し始める。 反対の手が、下着ごと自身を揉み始めた。 「あっ!」 喘ぎ声を上げ、目をぎゅっと閉じれば、胸をまさぐっていた小椋の手が不意に顎を掴む。 「純……目を閉じないで。ちゃんと見て……」 耳朶に噛み付きながら言われ、掴まれた顎に力が入る。 恐る恐る開けた目に、情欲にまみれた自分が映し出される。 下着の中に手が入り込む。 直接与えられる快感に身悶える。 「あ……っくっ……い、や……」 「嫌なの?こんなになってるのに?」 同時に下着が剥ぎ取られ、ぷるんと音がしそうな勢いで晒された自身は既に快感でキラキラを先端を濡らしていた。 「いや……だ……恥ずかしい……」 目を背けようとして、腰を捻れば、小椋の体に臀部が密着する。 そこに、硬く猛ったものが当たれば、この状況に小椋が興奮していることがわかった。 「見て。こんなに涎を垂らしてるのに……口では嫌だって言ったって、体は正直なもんだろ?」 フルフルと震わせながら言われ、カーッと顔に熱が帯びる。 離れた手が、根元に移る。じっくり扱き上げながら、先端をくるっと撫でる指先に腰が震える。 震えたそこに、小椋のものが当たる。 この状況に……興奮してくる自分がいた。 それを幾度か繰り返されたとき、 「純、挟んで」 熱気を含んだ声が耳に入り込み、腿と腿の間に小椋のものが挟みこまれる。 「締めて」 言われるがままに太ももを締めれば、掴まれた小椋の手が激しくなる。それと同時に挟まれたものが前後する。 擬似的に行われるセックスのような揺さぶりに、限界が見え始める。 明るい脱衣所にグチグチと響く音が、更に興奮を高めていく。 「あ……ああん、あっ!」 「っく!」 ほぼ同時だった。 吐き出された白い液体が、鏡にまで飛び散る。 それが、写し出された自分の顔にもかかっていた。 それなのに……そこに写った自分の顔は…情欲にまみれ、酷く陶酔しているように見えていた…… 浴室でも一戦を交え、満足し、綺麗になった体をベッドに預ける。 心も満たされていくような感覚に眠気が襲ってくる。 もう少しで眠りの世界に入り込む……という時になって、小椋の携帯が鳴った。 良くあることだった。 弁護士という職業柄、小椋の携帯は真夜中でも鳴ることがある。 夜になると人の不安は増幅する。 心配になり、誰かに聞いて欲しくなる。 だから、弁護士に連絡を取る。 それが、相手の迷惑になろうとも… そう言っていた。 はぁ〜と思い溜息を吐き出し、サイドテーブルに置かれた携帯を掴んだ小椋の顔が一瞬で翳る。 携帯のディスプレイの明かりのせいかも知れないが、強張ったように見えた。 「もしもし?」 ベッドを抜け出し、ドアを開けて、廊下へと出て行った。 少しだけ寂しいとも思う。 だけど……守秘義務のある仕事だ。 それは仕方のないことなのだ… 徐々に降りてくる瞼に逆らうことなく意識を手離そうとして、聞こえてきた声に一瞬だけ意識が浮上した。 『会いたくないって言ってるだろ?向こうだってそうなんだろ?だったら……』 名家の小椋だ。 見合いの一つでもしろって言われているのかもしれない。 顔が強張って見えたのは、親からだったからかもしれない…… そうなったとき、自分はどうすれば良いのだろう… 差し出してくれた手を、離さなければならないのだろうか… ……眠い 考えるのは、また今度にしよう。 でないと、小椋のクライアントのように、この「夜」に、「不安」という波に飲み込まれかねない…… 閉じた瞼の裏に三日月が浮かぶ。 それが、小椋のものなのか、岩田のものなのかは、わからなかった…… [*前] | [次#] ≪戻る≫ |