5 ※うらら視点




『花火』


去年はユキと由美子と二人で行かせてしまったから、どうしても今年はあたしも行きたくて、お客さんを巻き込んで、近所の花火大会に行くことにした。
小さな街の小さな花火大会だけれど、それでも町内上げての花火大会は結構盛況なもので、行き交う人々の奇異な目を受けながらも、結構な大所帯で出店を回る。
紺地に大きな朝顔の描かれた浴衣を着るあたしって、そんなに魅力的かしら?
通りすぎる人々の目が、皆釘付け。
はぁ〜美しすぎるって罪なのよね〜。

お客さんを合わせると皆で10人くらいかしら?
誘ったらみんな来ると思ってたんだけど、忙しいとか、家族があるから、とか……
皆、大変よね?サラリーマンって、仕事をしたことがないけど、人目があるから……なんて言う人もいて、
不景気の最中、花火大会に行ってるのを見られたら、「お宅は景気が良いんですねぇ」って言われるかもしれない…なんて断ってきた人もいたくらいだし……
楽しいことを楽しめないから、不景気な気もするんだけど……

後ろから、ちょいちょいと袖を引かれる気がして、ふいっと振り返ると、同じ紺地に朝顔の浴衣を着たユキが下から見上げてくる。

「ねぇ、うらら……」

黒目がちの目に白くて羨ましいくらいの綺麗な肌。
浴衣を着るからって、短い髪をそれでもピンを駆使してあげたアップの項は、男に取ったら鼻血ものよ〜。
ピンクの唇も可愛いし……なんて思ってたら、見上げてくる目に苦痛の色が見えて、

「どうしたの、ユキ?」

と聞けば、

「履き慣れないからかなぁ……下駄が痛いの。そこの神社の階段で休んでるから、皆で楽しんできて…」

痛いのを我慢しながらも、笑おうとする。

「大丈夫?なんなら背負うけど?」

というと、慌てて「いい!いい!ちょっと休みたかったし」と顔の前で小さな手を振りながら遠慮する。

何も遠慮なんてしなくて良いのに……

「ほら、うららはお客さんがいるでしょ?着慣れないから、帯もちょっと苦しいし…、ね?」

そう言われれば、逆にあたしやお店の子だけじゃなくてお客さんがいるから、気疲れしちゃうかも……と思ったあたしは、

「じゃあ、ぐるっと回って来たら、戻ってくるから。花火が上がる前には迎えに行くから待っててね!」

その言葉を聞いて、ユキが若干ホッとする。
やっぱり、あたし達だけじゃないから、気を使ってたのね……と思うと、申し訳ない気持ちになったけど、階段に腰掛けるユキに手を振って、後ろ髪を引かれるような思いでお客さんの群れに合流した。

ある程度お店を回って、みんな食べ物や飲み物を持って、河原に行く。
お客さんの中でも、キャサリンに猛烈アタック中の田中さんが、場所取りをしていてくれたみたいで、河原に青いビニールシートを敷いて場所を取ってくれていた。
これならユキも座って見られると思ったから、田中さんにお礼を言って、近くにいたジンに声を掛けて、さっきの神社の階段へと急ぐ。

歩いてる最中、実はあたしも下駄の鼻緒が擦れて痛くなってきた。
土手沿いの道は舗装されていない土ぼこりの立つ道。
でこぼことした道を歩きながら、あたしの皮膚でこれなんだから、ユキの皮膚ならずる剥けになっちゃう〜。
嫌がってもやっぱりおんぶして行こうと決めた。

両側に並んだ色とりどりの出店から出される、魅力的な食べ物の匂いを嗅ぎながら、ユキに後でりんご飴買ってあげなきゃと思っていると、階段の方から小さな悲鳴が聞こえた。

この声……

そう思ったときには走り出していた。
鼻緒が擦れて痛かろうが、浴衣の裾が捲れ上がってようが気にならなかった。
あたしがユキの声を聞き間違うはずがない。

近づいた階段の上で、ユキが数人の男の子達に囲まれ、その中の一人が嫌がるユキの腕を引っ張っている。
こんっのクソガキ共がっ!!!

気がついたときには、鬼太郎宜しく、下駄を蹴り飛ばし、囲んでいる男の子の一人に命中し、痛っ!と声が上がる。
あたし、結構やるじゃないっ!

その勢いのまま、階段を数段上がったところにいた男の子達を次々に引き摺り下ろし、残っていた左足の下駄で踏みつけると、ぎゃふんと言って蹲る。
その隙に怯えるユキの腕を掴んで背中に隠した。
ガキ共に捨て台詞はお約束♪

「誰の女に手ぇ出してんだ?あ゛あ゛?」

久しぶりに凄んだから、迫力ないかしら?
どうかしら?

階段下でぽかーんって間抜けな顔が並ぶ。

「この子に二度と近づくんじゃねぇぞ……もし、近づいたら……、そんときゃ一人ずつ、カマ掘ってやっからな!!」

どう?どう?これでどう!?あたし、キマッタ?イケてる?

そう思ってたら、リーダーらしい男の子の鼻から赤い筋がつーっと伝った。それを見て、一緒に蹲っていた子が泣きそうな顔して駆け出した。
それにつられて、他の子たちがデカイオカマだーと叫びながら駆け出して行く。

「ふんっ!もう!大したこと無いくせに……」

そう言って蹴り飛ばした下駄を拾って履き、もう一度駆けて行った方を睨みつけてあっかんべぇとやろうとすると、さっきみたいに後ろから袖を引かれる。
振り返ろうとした体は、ちょっとした衝撃で振り返ることが出来なかった。

後ろから前に回された白い腕にぎゅっと力の入る感触。
掴まれていたところが赤くなっているのを見て、抱きついて来た小さな震えを伴った体の恐怖を知る。

「……怖かった……でも、ありがとう、うらら」

ちょっと涙声になってる。
この声は……初めて会ったときに聞いた声と同じだった。

前に回された腕を取って、くるりと振り返ってユキの細くて小さい体を抱きしめる。
階段の段差があるのに、ユキの頭はちょうど肩くらいで……

「ごめんね……一人にして。怖かったね……」


そう言うと同時に河原でドーンと花火が上がる音。
一瞬遅れて、夜空に大きな花が咲く。

音につられて、ユキが顔を上げる。

何でそうしたいと思ったのか……わからなかった……。

ユキの黒目がちの目に、残って落ちる花びらが映る……
それを良く見たかったのかも……

そっと瞼を閉じたユキの唇に、誘われるように自分の唇を重ねた。





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