404号室



「…ユキ、寒い…窓、早く閉めて…」

後ろからうららの普段でも酒で焼けてるのに、寝起きも相まって、更にかすれた声が聞こえた。
振り返ってみてみると、コタツの中に鼻の下まで入って丸まってる。
猫みたい…
実際に、うららのような人を業界用語で「ネコ」って言うらしい。
こういう事なのかな?良くは知らないんだけどね。


去年の寒い日に、大好きな人を追いかけて田舎から出てきた私。
その人は私を待ってくれてると信じてた。なのに…女の人と暮らしてた。
バカを見たんだって思った。田舎者の私なんかじゃ勝てないきれいな女の人。
一番お気に入りの服を着て、髪も、しなれないお化粧も頑張ったのに、持っているものすべてが根底から違うような、服も髪もすべてが洗練された人…
居た堪れなくなって、逃げ出すように駆けて、行き着いたのは歓楽街。
誘われるがまま飲みに入った店はホストクラブで、やけになった私は、持っていたお金すべてを使ってしまった…
何もなくなっちゃった私は、お店を出て少し歩いて、動けなくなった。
途方にくれて、これからどうしようかとしゃがみこんで泣いていると、
「どうしたの?」
酒でやけたかすれた声。見上げたら、大きな大きな女性で、恐かったけど、
かけてくれる優しい言葉。纏う雰囲気の柔らかさに更に泣けた。
人を信じて裏切られたのに、もう、その人を信じようとしてる私はやっぱりバカだったのか…
ううん。バカなんかじゃなかった。
助けてもらった。たくさん、たくさん、無くなったものを埋めてくれたの。
だから、少しでも役に立てるようにと、こうやって家事をしているんだけど…


寒さで赤くなって、動きの悪い指に息を吹きかけて、どう考えても乾かないと思うほど弱い冬の太陽と向かい合って、最後のジーンズを干す。
田舎生まれで田舎育ちの私は、洗濯物はお日様に当てて乾かすのが一番だと信じて疑わない。
だって、そのほうが、ふんわり優しく乾くような気がするから。

ぴしゃりと窓を閉めれば、もそっとうららが顔を出す。
どんなに遅く帰っても、朝には一度目を覚ます。
私と一緒にご飯を食べるために。

朝食の用意が出来たところで、うららが起きてきた。
お店に行く前のうららは、すっごいきれいなんだけど、今のうららは、もっさもっさの頭に、腫れた目をしていて、なんだか、ちょっとだけおじさんって感じ。

「昨日、遅かったね」

「うん。良い男拾ったのよ」

こんな会話もどうなのかしら?犬や猫じゃあるまいし…

「それで、どうしたの?」

「話をしてたら、恋人がいるってわかったの。
で、ほんのちょっとだけ話をしたら、その恋人に会いたくなったみたいで、お店に置き去りにされちゃったんだけど…」

「そう、なの…」

「本当に惜しいことしたわ!すっごい良い男だったのよ!」

そういううららの顔は少しだけ、良いことしたって顔をしてた。
私はわかってるわよ、うらら。
そんな風に言ってても、誰かが不幸になること、傷つくことにすごく敏感なんだって。
その人にとって一番欲しいものを与えてあげる。
なんだかちょっぴり魔女みたい。

そう思って、もっさもっさの頭の腫れた目をしたうららに想像の中で黒い頭巾を掛けてみた。似合いすぎ…

「ぶふっ!」

「ちょっと!何よ、もう!笑わないでよ!あたしが男にふられるのがおもしろいってこと?」

朝の部屋に光と一緒に笑い声が光る。
うららはきっと魔女なんだ。
性別を間違えて生まれてきちゃっただけなんだ。
だって、あのときすべてをなくしたと思った私がこんなに笑えてるんだもの。


魔女のうららと家事手伝いのユキが住むここは、404号室。
これがいつもの朝の風景――



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