たいせつなガラクタ 4



視界が潤んでよく見えなくなるのにそう時間はかからなかった。
缶ビール1本。それくらいなら、中学のときに背伸びをして飲んだ経験があった。
だけど、それ以上となると……

「おい、サトル?見えてるのか?」

「……はい」

3本目を空けたくらいから、視界が潤む。
寒いくらいに冷房がかけられていたはずなのに、熱い。

「あつくないれすか?」

「へ?」

「らから〜、あつくないれすか?」

きちんと言葉を発しているつもりなのに、舌がもつれる。
自分で自分の声を聞いていても、どこか舌が回っていないのを不思議に思った。

「サトル?酔ったのか?」

俺以上に飲んでいるはずなのに、顔色も変わらなければ、言葉もしっかりしている新田さんに覗き込まれるように見られて、その顔に手を伸ばした。

「ずるいれすよ。おれなんれ、しらがまわらないのり……」

触れた頬は思っていたよりも熱かった。
俺の手の上から、熱い新田さんの手が添えられる。

「何がずるいんだよ……お前の顔の方が、反則だ…」

そう言われてすっと寄ってきた新田さんの顔が、蛍光灯の灯かりを遮って暗くなる。
反則って何が?顔?
言われた言葉を反芻している間に、唇に新田さんの唇が触れた。

「…き、す…」

「ああ……キスだ」

聞き返すと答えをくれた唇は、また触れてきた。
さっきよりもずっとしっかりと、そして、ずっと熱く。
アルコールが回った頭と体では、何がどうなったのかを受け入れることが出来なかった。
何度も角度が変わり、何度も触れる熱い唇の感触だけが、リアルな感覚で、
思考は夢の中にいるように霞が掛かってはっきりとしない。
アルコールのお陰で上がった心拍数に比例して、鼻から吸い込むだけの空気じゃ足りない体が、
苦しさを訴えて、口から息を吸い込もうとして隙間を空けた瞬間に、
タバコと苦いビールの味がする熱い舌が入り込む。
息が上がって苦しいはずなのに、舌先に触れる感触が気持ち良くて、薄い粘膜を刺激する舌に自分の舌を絡めた。
徐々に薄くなるビールの味。それが完全にしなくなり、どちらのものともわからない唾液があごを伝う感触に唇を離すと、新田さんの切なそうな目と目が合った。

「……サトル…」

アゴを伝う唾液を手で拭うと、その手が新田さんの熱い手に取られ、導かれた。

「手でいいから、やってくんない?」

導かれたそこにあるのは、ジーンズ越しであるにも関わらず、硬さを持ったそれだった。
霞が掛かったままの思考でうんと頷くと、手を引いて、部屋の隅にあるベッドの淵まで連れて行かれる。
ジーンズと一緒に下着も下ろし、ベッドに腰掛けた新田さんの正面に座り込むと、ちょうど目の高さに起立したそれが来た。
そっと手を伸ばして触れてみる。

「……っん」

鼻から抜けるような声を出した新田さんの眉間に皺がよる。

「……サトル」

切羽詰ったような声を聞いて、気持ちよくしてあげないと……と変な使命感が湧き上った。
手を上下に動かしながら、新田さんに近寄り、キスをする。
触れるだけだった唇が、大きく開かれて舌を吸われる。
気持ちよくて、思わずぎゅっと握ると、ドクンと脈打って大きくなった。
貪られるようにして舌を吸われ、新田さんの空いた手が、俺の手に重ねられ、激しく動く。
何度かそうしていると、一際大きくなった手の中のものから一瞬遅れて飛沫が散った。

唇を離すと、ハアハアと肩で息をしながら、新田さんが体をひねってベッドレストにあるティッシュの箱を取って、目の前に突き出された。

「わり……拭いて」

言われるがまま、数枚のティッシュを抜き取って手を拭き、近くにあったゴミ箱に投げ込むと、
その動作が終わるのを待っていたのか、体を引かれて抱き寄せられる。

「にっらさん?」

「悪かったな……」

「きもちよかっられすか?」

「ああ」

「よかっら……」

言うと、体が離され、また唇に新田さんの熱い唇が触れる。
さっきみたいに薄い粘膜を刺激され、握っていたときから反応しだしたそれにどんどんと血液が流れ始める。
それを気づかれたくなくて腰を引いたのに、そうさせまいと新田さんが腰に手を回して抱き寄せられる。

舌で口内を翻弄されながら、新田さんの手が腰から背中を撫で上げ、また腰に戻ってくる。
その手に快感という波がくっついて移動する。
いつの間にか薄いTシャツの内に入り込み、撫でる手の動きがどんどん大胆に動き始めると、もうダメだった。
鼻から吐息漏れる。

「ん……っんん」

背中を撫でていた手が前に回る。わき腹から腹を撫でていた手が、膨らみなんて何もない胸の上を行ったり来たりしだし、
普段は飾りでしかなかった小さな頂が、それによって快感を生み出すものへと変わった。
徐々に手が下に降り、制服のズボン越しに触れられる。
気持ちよくてもっと触って欲しいと思いながらも、駆ける快感の強さに眩暈がして、腰が引ける。

「……お前も勃ってんじゃん」

そう言われ、ベルトのバックルが外されて、ズボンと一緒に下着も取り払われる。
大人になりきっていない小さなそれを新田さんの大きな手に包み込まれて数回上下にこすられて、飛沫を飛ばした。

自分がした時と同じようにティッシュで拭われると思っていた。
イッた直後で、だるくなりそうな体が、ベッドの上に引きずり上げられるまでは。

「ごめん、サトル。我慢できない」

切羽詰った新田さんの声。
過剰に摂取されたアルコール。
イッた直後独特のだるさ……
色んなものが合わさって、ぐるぐると円を書き始めてすぐ、中途半端になっていたズボンと下着が足から抜かれ、うつぶせにされた体の腰だけが高く上げられた。

「な、なに?」

「ちょっと我慢してろ」

そう言われて体を捻ろうとしたのに、酔いが完璧に回った体は動かなかった。
後ろに触れられ、何が起きているのかもわからないまま、濡れた感触と指が入り込む。

「い、いやっ……」

素直に飛び出した言葉は無視され、引きつるような感触のままに抜き差しされる。
苦しくて涙が出てきた。

「にっらさん……いやら……」

何度も嫌だと繰り返していたのに、体は反対の反応を示した。
一点を掠められ、ビクリと反応する。
他のところは気持ち悪いだけなのに、そこに触れられると、強烈な快感が走る。

「……ここか?」

「あっ……あっ……う、うんっ……そ、こ……ん」

気持ちいい……
重点的に攻められて、知った熱が出口を探し、飛び出してベッドを汚した。
そんなことに気をする余裕なんてなくて、続けざまに二回もイッた体は疲弊して動かない。
手の指一本すら動かせない体に熱いものが添えられる。
メリメリと音がしそうなほどの圧迫感。

「い、いらいっ!」

動かすのですら辛い体に見合わない痛みに涙が止めどなくあふれ出た。
ぎゅっとシーツを握ると、体全体に力が入る。

「もう……ちょっとだから、力ぬけっ、サトル!」

新田さんも苦しいのか、後ろから掛けられる声は震えていた。
力を入れると自分も痛い。
だけど、痛くて力が抜けない。
そうしていると、さっきのあの一点に新田さんがあたった。

「あっ……ん」

「……ここだろ?」

「う、うん…っん」

「だから、力ぬけって……」

小さく縮こまっていたものを後ろから握られ、快感が駆け抜ける。
そうすると、すんなりと新田さんを受け入れられた。

「……やっと、入った……」

その声に、何とか動く首を後ろに回すと、繋がったままで、キスをされる。
快感が増したような気がした。

馴染むまで待ってくれ、そして、ゆっくりと動き出す。
頭の霞が徐々に増し、今や濃霧注意報が発令されるくらいに視界が悪い。
快感と痛みや内臓を引きずられる気持ち悪さがごちゃ混ぜになり、余裕があった新田さんの動きが、
余裕のない動きに変わる頃。駆け抜ける快感と一緒に濃い霧が視界を満たしてしまった。





思い出した思い出を話す気にはなれなかった。
阪口に初めてのときくらいは覚えてんだろ?と聞かれた直後、何となく甘酸っぱいものが付きまとい、
思わず「覚えてない」と告げた。
あれから、新田さんが高校を卒業するまで関係が続き、街に出るからお前も高校卒業したら出て来いよ。
そう言われて渡された連絡先は、高校2年の夏には連絡がつかなくなった。
それでも高校を出たら街に出ようと刷り込まれた脳はそれを実行し、今に至る。

目の前の無口なバーテンが、空になりそうな俺のグラスに視線を送ったのがわかった。
それを見て、阪口がバーテンに告げる。

「これ以上飲ませるな。コーラ」

「まだ飲める!さっきのと一緒のやつ」

「ダメだ!コーラ!」

「嫌だ!」

あの恋愛があったからこそ、今の恋愛がここにある。
どんなに酷い恋愛だって、今の自分を創るのに大切なものだったろう。
他の人にとってガラクタ同然だったとしても……

「酒!」

「何度言ったらわかるんだ?ガキは大人しくジュースでも飲んでろ」

「嫌だ!」

意地になって訴える。
だけど、ジュースにしろと言っている阪口の気持ちが本当は嬉しい。
心配し、大切にされていると今はわかるから。
新田さんが心底悪い人だったとは思わない。
だけど、俺と同時にルミさんとも続いていたのは知っていた。
辛くなかったか?と聞かれれば、辛かったと思う。
だけど……俺にとっては大切な恋愛だった。
阪口に出会うための、大切なガラクタの一つだったのだから。





お題をお借りしています
『悪魔とワルツを』





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