たいせつなガラクタ 2




公園に着く頃には日はとっぷりと暮れていた。
集まった集団は既に花火を始めていて、公園の向こう側にある海から寄せる風に潮の匂いと煙の匂いが入り混じる。
女子もいるのか、甲高い笑い声が聞こえる。
振り回す花火の火に、きゃあきゃあと声を上げながら逃げ惑い、追いかけあう姿がそこここでしている。

「ちわーっす」

中西の声に集団が思い思いに声をかけてくる。
すぐに気がついた藤堂さんが軽く手を上げ、呼び寄せる。
藤堂さんに近づく途中、視界の端に新田さんの姿が見える。
集団から少し離れたベンチに腰掛、彼女と二人で線香花火をしていた。

「買ってきたか?」

挨拶もそこそこに近づいた藤堂さんに言われ、中西が手に持っていた袋を渡す。
袋の中身はすべてロケット花火。
藤堂さんの命令で、公園に行く途中にあるコンビニすべてに寄って、買ってきたもの。

「すっげ……これだけあったら、楽しめるな」

ニカっと笑った藤堂さんの声に、隣にいた2年の先輩達が袋を覗き込む。

「あれ、するんすか?」

「ああ」

「あれ?」

疑問に思った俺の言葉を、やっぱりにっこりと微笑んで受け止めた藤堂さんが、声を上げる。

「始めるぞ!」

その声に、そこここではしゃぎまわっていた先輩達が、嬉々として集まりだした。
その集団の中に、ベンチにかけていた新田さんが動いたのを目の端に捉えていた。





砂浜に柄の部分をぶっさして、ライターの火を直接当て、シュポッと火がついた導火線がじりじりと短くなり、
我先にと飛び出していく煙の放物線が、そこらじゅうで幾本も幾本も描かれる。
10メートルほどの間を飛び交う放物線は、向こうに飛んでいったと思えば、こちらにも飛んでくる。
飛んでくるものをみる限り、放物線なんて緩やかなものじゃない……ほぼ直線だった。
先輩達が言っていた「戦争」という遊び。
ロケット花火を飛ばしあうというスリリングな遊びは、単純で面白い。
火薬の匂いがあたりに充満しだし、誰が誰だかもわからない状況にテンションが上がる。
女の子は危ないから……と近くの公園に置き去りにし、男達だけの熱い戦い。
飛んでくるロケット花火が、足元に落ちてパンッ!と弾ける。
当たり所さえ注意すれば、熱いのも痛いのもほんの一瞬。

「あっちぃー!」

「おら、早く次挿せ!」

「火!火!」

「っわ!熱い!熱い!」

狭い陣地に押し合い、へしあい、飛ぶ声は笑いを誘う。
無様にぶつけられればぶつけられるだけ、笑われる。
面白い!面白い!面白い!
脳が面白いことだけを支配し始め、皆が「戦争」に夢中になっていた。


「痛い!」


聞こえた声は、誰のものでもなかった。
10メートルほどの空間の間。
砂浜ではなくその砂浜に沿うように作られた遊歩道。

「ヤべぇ!」

未だに飛び交っていたロケット花火がぴたりと止んで出来た沈黙のその瞬間。
誰かが叫んだその声に、

「君達は高校生か!?」

張り上げられた声は、大人の男の声だった。

「逃げろっ!」

誰がどこにいて、何をしているのかわからないような状況の中、二つに分かれたチームの向こう側にいた藤堂さんのその声は響いた。
蜂の巣をつつくと、こういう状態になるのだろうか?
四方八方に逃げ出す先輩達。
一瞬逃げ後れた俺を見つけた腕に「補導員」と緑色の腕章をつけた大人が全部で3人。

「待ちなさい!」

その3人の中で、高校生か?と声を上げたおっさんがこちらに向かって走ってくる。
ヤバイ!
踏み出そうと一歩出しかけたその時、強い力で引っ張られた。


「こっち!」


声の主を確認した瞬間。掴まれた腕に電流が走った。
砂浜は走りにくい。足がもつれて、体勢を崩すたびに、力を入れられて立て直される。
砂浜の奥にそびえる岩の塊。
小さな頃から何度もこの砂浜に遊びに来たけど、そこに足を踏み入れたことはなかった。
だけど、戸惑ってる場合じゃない。
逃げないと!
そう思う心に、手を引いている人が新田さんだということも相まって、足を進める。
ごつごつとしている足元。海草を貼り付けた岩場を踏んでつるりと滑りながらも、
追っての手をどうにか潜り抜けたとき。

「ここまで来たら大丈夫だろ」

ハアハアと息をしながらも、岩と岩の間に出来た小さな砂浜。
その岩に腰を掛けた新田さんがズボンのポケットからタバコとライターを取り出し、
カチリと火をつけると、辺りはほのかに明るくなった。

「ありがとうございました」

まだ落ち着かない呼吸と心臓を押さえ込み、何とか紡ぎだした言葉に、
新田さんが薄い明かりの中で微笑む。

「いーえ、どういたしまして」

既に息が整ったのか、穏やかに聞こえた声。
「鬼さーんこちら!」と遠く聞こえるのは、2年の先輩達の声。

「あいつらが巻いてくれるよ、とりあえずお前もこっち来いよ。そこだと、あっちの海岸から見えるから」

ぽんぽんと自分の横を叩きながら言われた声に素直にしたがって隣に座る。

「……あの」

「ん?」

「彼女さんとかは大丈夫ですか?」

せっかく二人きりになれたのに、新田さんの彼女のことを口に出した。
どこかで、自分にこれ以上彼に踏み込んではいけないと思っているからかもしれない。

「ルミ?大丈夫だろ」

「…そうっすか……」

酷くぶっきらぼうに言われた言葉にちくりと胸が痛む。
どこかで彼女のことを大切に思っていない新田さんを嬉しいと思う自分がいた。
酷いやつ……
自分で自分を責めそうになって痛んだ心は、次の言葉に一気に喜びで満たされた。

「もう少しここにいよう。藤堂にメールして、状況確認したら、行こうぜ。送ってやるよ」

「え!?」

「お前、バイクの後ろ乗りたかったんだろ?約束したし……」

覚えてくれていたこともさることながら、それ以上に彼女も乗せないといっていた中西の言葉を思い出し、
彼女よりも俺の方が新田さんの中では上位に食い込んでいるのかもしれないと変な優越感を抱く。

「ホントですか!!」

「ばっ!お前、声でけぇーよ」

口を手で押さえられて、治まっていたはずの心臓がどきどきとまた忙しなく動き始める。
銜えていたタバコをそっと離れた手が砂浜に突き刺して火を消した。
一瞬遅れて、ふーっと吐き出した煙が月明かりに反射する夜の闇を薄くする。
その新田さんの動きを目で追うと、

「ふっ……お前はかわいいな」

さっき口を押さえられた手が汗ばむ頭を撫で、ぐっと新田さんに引き寄せられる。

ザバン…ザバン…と打ち寄せる波の音。
潮の匂い。
新田さんから香る、タバコの匂いと汗の匂い。
この距離だからわかる柑橘系のコロンの匂い……
数台のバイクが走り去る音。
遠くの灯台が一定の時間で作り出す光の線。
また波がザバンと打ち寄せる。


その状況に、眩暈がしていた。


お題をお借りしています
『悪魔とワルツを』





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