奥の奥まで突き刺され





今日は良く引きずられる。
阪口に腕を取られ、押し込むようにしてタクシーに乗せられる。
大爆笑していた膝が、ガクガクと震えて、自分の体なのに、嘲笑ってるように見えた。
着いたのは阪口のマンションで、そこでも引きずられるようにして部屋に連れ込まれる。
入った瞬間、やっぱり完璧に調節された空調を感じたけれど、それを上回る速さで冷や汗が流れる。
怒ってる。
阪口から感じるものはそれだけだった。
寝室に入ってすぐに、大きく跳ねるように投げ出されたベッドは、スプリングの加減が良いのか、体が良く跳ねた。
ギシッと音を立てて馬乗りに乗り上げてきた阪口の見上げた目に獰猛なそれを見つけて、更に体が縮み上がる。

「どこに札をつけて欲しい?」

言われた言葉に何をされるのだろうと怖くなる。

「可愛い、可愛いって言われてる顔か?」

顎を掴まれて、恐怖心は最大になった。
じわりと目の縁に浮かびあがる涙で視界が不鮮明になる。

「…いっ……やだ!」

言って腕を伸ばすのに、重たくてどけたいのに、うんともすんとも言わない。
がむしゃらに振り回しても虚しく空を切るだけ。
硬い胸板を押した途端、腕ごと取られ、頭の上にまとめて押さえつけられる。

「じゃあ、どこが良い?お前が良いってとこにつけてやる」

何をつけられるにしろ、とんでもない事をされそうで、浮かんだ涙が目じりを伝って、耳へと流れ込んだ。
その感触にゾワリとし、ギュッと目を閉じる。そうすると、溢れた涙が更に耳へと流れ込んだ。
閉じてしまった瞼で、恐怖心が倍増した。次に何をされるのかわからない。
開けてもわからない。
ただ心の中に怖いという感情しか浮かんでは来なかった。

服を剥がれる感触がして、酷いことをされるという事だけは理解した。
酒に酔って連れ込まれるホテルで、自分を抱いた男たちの中に手酷く抱く男がいなかったわけじゃない。
だけど、それを阪口からされると思うと、体の奥にある部分が引き裂かれるような気がした。
体が傷つく以上に、何か大切なものが傷つく気配……これだけは、壊して欲しくない

なのに体が動かない。
溢れる涙に、堪えきれない嗚咽が混じる。

「うっ……ひっ……ぐす」

ぐずぐずになった鼻を啜り上げると、ジーパンを脱がそうとする気配が止んだ。

ギシっと音がして阪口の気配が近くなる。

「サトル、目、開けろ」

掠れた低音が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。ギュッと瞑っていたからか、涙が浮かんでいるからか、
不鮮明で阪口の顔ははっきりとは見えない。

「怖いか?」

言われてコクンと頷いた。
ずずっと鼻を吸い上げると、はぁ〜と言う重い溜息が聞こえた。
頭の上で押さえつけられていた腕が離れ、代わりに胸の上にティッシュの箱が置かれる。

「拭け」

そう言って、自分の上から阪口がどけ、ベッドの縁に背中を向けて腰を掛けた。

体を起こして、言われた通りに、鼻を噛み、目の周りを拭う。
幾分クリアになった視界で、阪口の大きな背中を見る。
それが……傷ついているように見えるのは、気のせいだろうか。
そっと手を伸ばし、触れるとビクンと反応した。

「触るな」

言われた言葉は拒絶の言葉。
それでも、触れたいと思う欲求は抑えられなかった。

肩に手を回すと振り払われる。
じゃあ、振り払われないくらいに触れればいい。

腰に腕を回してギュッと抱きついた。
前で合わせた腕を強く握る。
びくりと体は跳ねたけれど、ギュッと合わせた腕を取られることはなかった。
薄いシャツを通じて裸の皮膚に阪口の熱が伝わる。

「……情けねぇな…」

零れた言葉は、抱きついた背中からビリビリと伝わった。

「泣かせちゃ、今までのが無意味じゃねぇか、な?」

同意を求められた言葉に、阪口と自分の「今まで」を思い返す。
たった1ヵ月。それすらも満たない期間だったけれど、無意味だなんて思えなかった。

「無意味、じゃない」

「そうか?いくら優しくしたからって……怖がらせて、泣かせたら終りだろ?」

「終り……?」

終わるのだろうか?せっかく見つけた壊したくなくて大切なものを抱えたままに……
阪口は察して途中でやめてくれた……
それだって、優しさがあっての行動ではないのか?
嫌だ……終わるなんて

腰に回した腕を離した。
首に腕を回して膝立ちになって肩側から前を覗き込む。
目が合うと恥ずかしいかもしれないから、勢いのままに頬に唇を当てた。

「お前なぁ……空気読めよ…」

そう言って向けた顔。ここぞとばかりに唇を重ねる。
反論したい口は離れようとするけれど、構うことなく舌で唇をこじ開け頭を抱えて逃げ場をなくす。

阪口が抗うことを諦めて、体を捻った。
唇が合わさったまま、後ろに押し倒される。
さっきとは比べ物にならないくらいに、丁寧に……

合わさった唇が離れると、お互いが貪るように息を吸った。
先を越されたくなくて、言葉を発する。

「いやだ……終りだなんて」

その言葉に阪口の眉間に皺が寄り、切なそうな目をする。
だけど、無視して更に続ける。

「ここ」

言って指したのは心臓のあたり。ドクンドクンと激しく血液を送り込んでいる。

「ここが、ドキドキしたり……ギュッとなったり……あの日から、何かが突き刺さったみたいにずっと痛い。
抜きたい。でも大事だって……大事だって思う、壊さないで…これだけはっ」

言いながら、何で涙が溢れてくるのかわからなかった。
ぐずぐずに泣いてはいるけれど、その涙がさっきのものとは違うことだけはわかる。

阪口の指がそっと流れる涙を掬った。

「…サトル」

そのまま大きな手が頬を包む。
呼ばれる声は掠れて、低くて……撫でられる頬を優しくされればされるだけ、涙が止まらなかった。

「……愛してよ、いままでみたいに…」

返事の代わりに与えられたものは、酷く拙いキスだった。

そのキスが、徐々に体の下の方へと進んでいく。
首筋を舐め上げられ、吐き出す吐息に色が滲む。
鎖骨を甘噛みされて、ゾクゾクと駆け上がるものが背筋を伝う。
次は胸……そう思っていたら、心臓の上で唇が止まった。
そこをジュッと強く吸われ、チリッとした痛みが走る。
札をつけられたんだと思った。もっと深くに突き刺されたんだと……

久しぶりに人から与えられているからか、阪口が与える快感だからか…
今までにない快感を逃す術を持っておらず、断続的に出てくる声で、それを伝えた。
一方的に与えられるばかりでなくて、与えたいのに、与えられることに一生懸命で、されるがままになっている。
ずるりと抜けた指にすら、切なくて、浅ましい体は、ひくひくと扇動を繰り返す。
当てられた熱は、待ち構えていたもので、グッと力を入れて推し進められ、痛みや苦しさを伴いながら入って来た。
だからなのか……涙がじわりと浮かんでくる。
違うと思った。痛いんじゃない。苦しいんじゃない。


――愛しいからだ。


阪口も感じてくれていたら良い。
そう思って腕を伸ばす。
その腕を取られ、指を絡めてシーツに縫い付けられた。
激しくなる注挿に、意識を半分以上持って行かれる。
時おり自分の名を呼ぶ阪口に連れ戻される。
その繰り返しの中、徐々に意識が飛んでいくほうが多くなる。
自分の放ったものが、腹や胸に飛び散ったのを感じた直後、体の奥に熱いものが爆ぜた。
荒い息を繰り返し、重なる重みの心地よさを感じながら、意識の綱を放り出した。





寝返りを打ちたくて、打てないことに意識が浮上した。
右を向いていたからか、右腕が痺れて既に感覚がなくなりそうになっていた。
見えたのは、薄暗い部屋の壁だった。

背中に温かいものを感じて、振り返ろうとしても振り返ることが出来ない。
その原因が腰に回された太くて逞しい腕だとわかった瞬間、胸に広がる温かいものがあった。

今まで自分を抱いた男たちは、するりと抜けられる空間を作っていた。
抜けられる空間を作っていたから、自分はすり抜け、逃げ出すことが出来たのだ。
逃げ出して欲しくなければ、こうやって、留めておけば良かったのに……
クスリと笑いが漏れたことで、ほんの少し拘束していた腕が緩む。
助かったと思う気持ちと、顔が見たいと思う欲求に体を返して、硬い胸に顔を押し付ける。
その途端にまた、ぎゅっと強く拘束する腕。



これが愛されてるってことなんだ……



心地よい拘束に、腕が痺れているのも構わずに、阪口の背中に腕を回して力を込めた。


逃げ出さないように、と……


押し付けた胸に唇を当て、思いっきり吸い上げる。
俺の札。
奥の奥まで突き刺され……








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