甘い欲望 1




「これで良いのか?合ってんのか?それすらもわかんねぇ……」

セットになっているものをそのまま買って、箱の裏に書かれている説明の通りに作ったのだから、
それで合っていて間違うはずはない。
けれど、今までの人生の経験上、どこか抜けてる自分なら何かをやらかしていなくもない……そう思えて仕方ないから不安だった。
こういうとき人生経験が豊富な人物がそばにいてくれれば相談の一つも出来たのに、
部屋で待ってろと鍵を渡したまま、当の人物は帰って来ない。

「……遅せぇ!」

エプロンを乱暴に外しながら、キッチンを抜け出してリビングに向かい、ソファに投げつける。
タバコを一本箱から取り出して咥え、テーブルの上にある高そうなライターを手に取って火を点けた。
甘ったるい香りが充満した部屋に、吸いなれたタバコの匂いが白い煙と一緒に吐き出され、
白い天井に向かって昇っていく。

ゆらゆらと昇る煙を見ながら、携帯を取り出し、通話記録の一番上にある番号にそのままかける。
数回のコールの後、聞こえてきたのはドライブモードを知らせる女性の声。
もう、何回目だ?と苛立つ気持ちと一緒に乱暴に閉じて、こちらもあわせてソファに投げ出す。
そう吸うことなく短くなったタバコを吸殻が溜まりつつある灰皿に押し付けて消し、
エプロンをつけることなく気を取り直してもう一度キッチンに向かった。

箱の裏に書かれている説明通りにやったのだ。
このまま放置しておけばいいんだよな……
既に出来上がったであろうものをダイニングのテーブルの上に慎重に運び、
小さく切りそろえたフルーツなどもテーブルに置く。

本当にこれで良いんだよな?

もう一度確認したところでインターフォンが鳴る。

帰ってきた!

嬉々とする気持ちに押されてインターフォンまで駆けつければ、ロビーに佇む見慣れた男の姿が映し出されていた。

「今、開ける」

それだけ伝えて開錠ボタンを押すと、開いた自動ドアへと抜ける後姿。
チラリと見えたその姿の端に、大きな荷物を持っているようだった。

次は玄関……
そのままの格好で向かおうとして、エプロンを忘れていたことに気づき、ソファに投げ出したエプロンを掴んで急いで身につける。
パタパタとスリッパを鳴らしながら玄関に向かえば、あとちょっと…と言うところで、玄関のインターフォンが鳴らされる。

「はいはい、今開けるから〜」

そう言いながら開けた途端、門扉のところにいた阪口が、歩き出そうとして歩みを止める。
一瞬目を張り、次の瞬間には細められる……

「……何だその格好は?」

「……」

「何でそんな格好……」

「へ、変?」

「どう考えても変だろ?」

「ええぇ……頑張ったのに……」

「とりあえず中に入れろ」

玄関の柱にもたれるようにして立っていた自分の横を阪口が抜ける。
大きな荷物だと思っていたものは紙袋で、通り過ぎる瞬間にその隙間から色とりどりの包装紙が見えた。

まさか……

既に靴を脱ぎ終え、寝室に向かう阪口を急いで追いかける。

「ちょっ!ちょっと、待って!」

「何だ?」

「それ……」

「これ?」

「チョコ?」

「……ああ」



モテるということはわかっていた。
俺と付き合う前にも相当遊んでいたのだから、チョコの一つや二つ、貰ってくるだろうことは予想できた。
だけど、それは聞いてない!
そんなにたくさん貰ってくるなんて……思ってもいなかった。

打ちひしがれるように廊下に佇む俺を無視して、阪口はそのまま寝室に入る。
開けたままのドアから、クローゼットが開けられる音がはっきりと聞こえるのに、それでも仕切られた空間から発せられる声はくぐもって聞こえた。

「何、作ったんだ?」

「……チョコレートフォンデュ…」

「それでか。甘ったるいな。何で?」

ごそごそと着替えるような音が聞こえる。

「バレンタイン、だから」

そこまで言うとクローゼットが閉じられる音が聞こえた。
続いてパタパタとスリッパの音が聞こえ、俯いた視界に阪口の足元が入り込む。

「それでその格好の意味は?リボンなんてつけやがって……」

呆れるように言われて、更に落ち込む。
落ち込むと更に下を向く。

「お前がプレゼント?クリスマスでもないのに?」

シュルシュルと頭につけていた深紅のリボンが外される。
一緒に結っていたゴムも外され、わしゃわしゃと髪を乱される。
初めてのバレンタインで、どうしていいのか分からず、やっちんに相談したら、リボンをつけろと言われた。
バカだけど、それがどのくらいバカらしいことかってくらいはわかってた。
それでも、ちょっとくらいは喜んでくれたって良いと思う……

そのままそっと阪口に抱きしめられる。

「プレゼントなんかいらないんだ。お前さえそばにいてくれれば……」

低い声が耳のすぐ横で紡がれて、思っていたことが霧散する。

「俺のこと大好きなんだな」

負けたくなくて言い放てば、

「当たり前だろうが……」

少し照れているのか歯切れ悪い。それでもその言葉にホッとする。
続けてさっき結んだばかりのエプロンの紐が解かれる。

「で、こっちは?」

「……エプロンって萌アイテムじゃねぇのかよ?」

「ははっ」

「何?」

「いや、可愛いなぁと思って」

「何で!?バカにしただろ?」

「そんなことはないぞ。可愛いと思ったから、可愛いと言っただけだ」

「うー……、まぁ、いいや」

納得のいかないまま腕を伸ばして体を離す。阪口の腕を取ってリビングへと向かう。
マンションの部屋全体に広がった甘い香りが、ドアを開けるとより一層に強く香る。
「マジでチョコレートフォンデュなんだな……」

「だから、言ったじゃん。全部俺が用意したんだぜ」

「はぁ」

「何?」

「いや……甘いものはあんまり得意じゃないんだ」

「知ってる」

「じゃあ、何で……」

「俺のこと大好きなんだろ?」

言いながら、キッチンに向かって飲み物の用意をする。
まさかそのチョコレートフォンデュもやっちんに言われたからなんて口が裂けても言えそうにない。
普通に渡すより、絶対インパクトがある!と言われた。

「そんなことばっかり言ってたら、そのうち俺も愛想を尽かすぞ」

「ふーん……捨てるんだ」

「……そうかもな…」

笑いながら言われているから冗談だろう。
だけど……心の中にくっきりと阪口の居場所が出来た今、阪口がいなくなったときの自分を考えると怖くなる。
誰にも執着しなかった自分が、誰かに執着される喜びを教えてもらい、そして、執着することを知る……
それが愛し、愛されるということだと教えてくれたのは阪口だった。
ほんの半年前まで、ふらふらと酔っては誰かにお持ち帰りされていた。
その頃の自分を思い出そうとしても、思い出せないくらい阪口が記憶を塗り替えていた。

用意も整い、グラスを合わせる。
鍋の中のチョコレートは既にとろとろに解け、やっちん以外のバイトの女の子に聞いた通りに材料を用意した。
苺やバナナ、パイナップル、クロワッサンやワッフルなどが定番らしく、変り種としてアボカドを足してみた。
阪口が甘いものが苦手だということも知っていたから、ナッツ類も置いたけれど……果たしてつけて食べるかどうかは謎である。最後にはどうせ俺だけが食べているような気がして、それなりに酒のつまみになりそうなものは買ってきたけど……

おもむろにフォークを掴んで、阪口が苺にぶっさした。
この男は、どう見てもヤクザに見えるが意外に育ちが良かったりする。
流れるような所作を見るたび、何となく育ちの違いを見せ付けられる。

苺がゆっくりとチョコに浸され、くるりとチョコをまとって口元まで運ばれる。
その際、舌がチラリと見え、ゴクリと唾を飲み込んだ。

エロイ…

抱かれたことは数知れずだが、誰かを抱きたいと思ったことも、実際に抱いたことも一度もない。
それなのに、むくむくと沸きあがるものがあった。
腰のあたりがムズムズとして落ち着かなくなっていると、

「甘い」

と阪口の唸るような声が聞こえた。

「当たり前じゃん。チョコなんだから」

そう答えると「そうだけど…」と言いながらも、今度はバナナに手を出した。
苦手だ……と言いながらも口にしてくれる。
そのぶっきらぼうな物言いや不遜な態度とは裏腹に、本当に心根の優しさを教えられ、胸の奥のほうがぎゅうっと痛くなる。

「お前も食え。俺一人じゃ食いきれねぇ」

「うん」

言われて、フォークを取って苺に刺す。
チョコレートをつけて口の中に入れると、甘いチョコと苺の酸味が混ざり合う。
不味いはずのないうまさに頬が緩む。

「うまいじゃん」

「まあな、ほら」

目の前にバナナにチョコのついたフォークが差し出された。
あーんと口を開けると、その中にゆっくりチョコバナナが入ってくる。
口を閉じるとフォークが抜かれる。

「うまいか?」

「うん」

もぐもぐと口を動かしていると、今度はワッフルにチョコがついたものが差し出される。
一通り食べて満足したのか、阪口はどうやら俺にすべてを食べさそうとしているようだ。
そうはさせるか!と今度は俺も、アボカドにチョコをつけて差し出す。
同じようにして口の中に消える瞬間さっきと同様に見えた阪口の舌先にズクリと背筋に駆け上がるものがあった。
何とかフォークを抜き出して、浮いた腰を席に戻すも、どうにもやっぱり落ち着かない。

「サトル?」

怪訝に思ったのか、アボカドを飲み込んでから阪口が名前を呼ぶ。

何でだろう?
欲情するようなものなんて……

俯いた視線に、自分がフォークを握り締めている手が見えた。
こんなことを思ったことは一度もない。

「なぁ」

「ん?」

視線を上げると、目も前にチョコレートを纏ったミニクロワッサンが突きつけられる。
条件反射のようにして口を開けると、その中にクロワッサンが押し込められる。
酷く水分を奪うクロワッサンのお陰で、言おうと思っていたことが言えなくなる。
グラスを取って口を湿らせて、飲み込んでから口を開いた。

「なぁ、俺に抱かせてくんない?」







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