Storyteller zero





 きらきらの好青年。優しくて、器がでかくて、何よりも人が良い。逞しい肉体や、申し分ない長身、甘い童顔。女受けする顔だな、と思った。同時に身近な人間関係で苦労する顔だな、とも思った。俺が感じた白石一の第一印象だ。
 顔占が得意なわけではないが、ファーストコンタクトで概ねその人物の分析ができる。入社当時、営業で成績を上げたのはこの技によるところが大きい。
 白石とは今まで業務連絡程度の接点しかなかった。食事や酒の席の付き合いは良いようだが、その後の夜遊びまではしないタイプのようだから親しくなる機会すらなかった。早い話、俺と白石は両極端の人間だ。性格や話が合わないというのではなく、俺は奴の領域を侵してはいけないと思っていた。
 巻き込むのは簡単だ。どんな人間でも自分のペースに引きずり込む自信がある。白石とて例外ではない。
 白石は清廉すぎて、潔白すぎて、俺なんかが近付いてはいけないんだと思っていた。



 私情や身の上話を聞いたからとてお近づきになったとは言えないのだが。ノックをする前にドアが開き、足を動かしていないのに勝手にドアが迫ってきて未知のお部屋へご案内〜、のような心境だった。そこまで踏み込むつもりはなかったのに。深刻な顔を見るつもりで聞いたわけではないのに。
 軽い気持ちだった―――なんて、いまさら言えない。

「ホントにこの世の中は……」

 空高い青空に向かって両腕を伸ばした。春一番が吹いた後の陽射しは暖かく、思わずジャケットを脱いでワイシャツごしに春の陽気を感じたくなった。
 開放感のある外が気持ちいい。ビルから反射する光を、久しぶりに眩しいと思った。

「不器用で、」

 流れる人と車の動き。規則正しく列をなし、必要に応じて立ち止まり、待ち、また規則正しく歩いていく。そういう光景をずっと目にして、いじらしく、愛おしくも思えるのに、その列の中に自分も含まれていることがどうしようもなく寂しさと空しさを感じさせる。

「お人好しな人間ばかりだな」

 世の中が優しさで満ち溢れていて生ぬるい。
 久しぶりに訪問した事務所で延々二時間のおしゃべり。たいして営業の話はしていないのにおまけにおまけを追加して注文してくれた。月末もぎりぎりになってノルマ達成。それでも俺の中にプレッシャーや緊張感は生まれない。色々、諸々含め、この世の中は生ぬるい。
 テキトーにテキトーを積み上げても生きていけるのに、列を崩さないよう必死になって競争している奴らが、哀れで不器用でとても愛おしいのだ。
 今月も営業成績のトップは白石だった。ダントツの契約数。一日何件の会社を回り、どれだけ喉を涸らして商品の説明をしているかなんて落ち零れた俺にはもはや想像するのも難しい。手当も相当期待できるはずだが、それでも白石は「間に合わない」と苦笑していた。先月分で元金+利息は払い終わったはずだが、春からは8歳の姪っ子が転校先の小学校に通うとかで何かと入り用なのだとか。借金を完済してもこの先姪っ子まで養わなければいけないとは、こんなお人好し見たことも聞いたこともない。
 白石は今でも週に3〜4回、会社が終業した後、秘密のバイトに出掛けては深夜残業を行っている。俺以外の顔見知りには見つかっていないらしいが、営業という仕事をしていてどこで誰に会うか分からないのに危機感がないにも程がある。
 無計画に行動しているわけではないのだろうけど、白石の直感やセンスには一言物申したいときがいくつもある。その度に俺は自分を見つめ直す。いつからお節介焼きになったんだ。ほっとけよ。俺には関係ないじゃん。白石の秘密や事情を誰かに話そうなんて考えたこともないのだから。
 ブランドやアンティークなどのショップが並ぶ銀座中央通り。地下鉄を使えばもっと早く帰社できるのだが、時間潰しにここをゆっくり歩いている。散歩にはいい天気だし。
 チラシ配りの兄ちゃんと親しげな挨拶をする。必要ないチラシを受け取りながら、はていつからあの兄ちゃんと顔見知りになったんだっけか? と考えた。
 チラシ配りの兄ちゃんは言った。

「今日は遅かったですね。ちゃんと仕事してくださいよ」

 若造に説教される歳ではないのだが、言っていることは正しいから素直に受け取る。
俺が毎日時間を潰していることを知っているかのような言い方だな。それほどこの通りを気に入っているわけでもないのに……。しばらく経って、あぁナルホドなって思えた。
目の前に古びたアンティークショップがある。店頭のガラスケースにはイタリアで作られたらしい複雑な細工の施されたオルゴールが数点並んでいる。
そういえばあの日から、このオルゴールを見ない日はなかったかもしれない。
かけそば一杯、腹六分でここまで歩いてきて白石は言った。

「あの子の笑顔が見たいんです」

 仕事とバイト、加えて日々の気苦労で疲れ切っているはずの白石は「あの子」と「オルゴール」の話をするとき、きらきらの表情を見せた。借金を残して母親が蒸発して以来、笑わなくなってしまった姪っ子のためにこのオルゴールを買ってあげたいのだそうだ。値札には桁違いの数字が記されていた。小学生のガキには高すぎるだろ、と言う俺の文句を白石は真顔で一蹴する。「このオルゴールじゃなきゃダメなんです」
 最近のガキはリッチで困る。俺が嘆くことでもないんだけど。母親がいなくなって寂しくしているのは分かるが、一番苦労しているのは白石だ。なのにたまたまテレビで紹介していたアンティークのオルゴールにその子が食いついていたというだけで、苦労を増やしてまで買い与えなければいけないものなのだろうか。
 理解に苦しむ。どこまでも不運というか、不器用というか、お人好しというか。
でも、あのときの顔を思い出す限り、白石にとって不運とは違うのかもしれない。
 ガラス越しに覗いていると、いつもは微動だにしない布張りの壁が動いた。内側から現れた目と目が合う。気まずさに思わず会釈してしまった。この店の店主らしいじーさんは表情を変えずに会釈を返す。金を出す客と冷やかし客は見極められる、そんな目だった。
 じーさんの目に追い立てられるように店から離れようとしたが、店主のじーさんがあろうことか白石の狙っているオルゴールを持ち上げようとしたため、俺は咄嗟に踵を返し店の中に駆け込んでいた。

「ちょっと待った!」

 店の落ち着いた静けさには似つかわしくない声で遠慮もなく叫んでいた。店の中にいたセレブらしい客が胸に手を当てて驚いている。
 そういえば胸が痛い。熱い。ドキドキしている。
 頭が真っ白になるくらい、後先考えず必死になっていた。






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