Storyteller ichi





 会社で二つ年上の先輩である、星川玲さん。入社当時から成績優秀で、新人ながら大きな契約を幾つも取り、社内で有名になった人。将来を有望視された期待のエース。しかし、俺が営業部に配属された二年前にはすでに陥落していた。今では虚け者、無気力、テキトー男の三名詞を一人で独占している。
「顔とルックスはいいけどあの人の人生に関わりたくはない」と女子社員達が言っていた。それを周囲で聞いていた男子社員もどういうわけか頷いていた。彼のすべてを知っているわけではないが、それだけで近寄らない方がいいのだと決めつけていた。そもそも営業という仕事は単独・自由行動、ノルマありの歩合給制だから仲間同士で協力や結託することが少ない。だからこれまで星川さんとは接点らしい接点があまりなかった。
 そんな人に、俺は珍しく昼飯を誘われた。

「白石〜、メシ行こうぜ!」

 ごく自然に。連れ立つのが当たり前のように。今まで昼どころか、夜のお酒だって同席したことがないのに。「騙されてはいけない」と女子社員達が警戒する爽やかで満面の笑みを俺に向けながら手招きをする。
 顔が強ばるのは、今までのイメージで星川さんを警戒しているからではない。俺の中でざわつく不安がすでに容量オーバーになっていて外に外に溢れ出す。先週末の後悔と恐れを引きずりながら、俺は重い足を引きずりながら歩いた。



星川さんの後を追って入った店はJR新橋駅にほど近い蕎麦屋だった。ここはサラリーマンの御用達、昼時はいつ来ても混雑している。老舗らしい古いテーブルと座敷があり、星川さんと俺は、入り口に近いテーブル席に案内された。
 席に着くなり星川さんはメニューも見ずにこんなことを言う。

「特上うな重にしよっかな」

「!」

 大半のメニューが千円以内、セットメニューでも千五百円以内だが、特上うな重は別格で五千円する。星川さんが自分で払うならそれでいいのだが、星川さんは自他認めるほどのギャンブラーでお金がないことで有名だ。弱みを握られている立場では出費は聞かずも覚悟しなければいけなかった。
 先週まではただの会社の同僚、先輩・後輩であったはずなのに……。不安は苦しさに変わり、蕎麦湯の香りが食欲よりも吐き気を誘発する。
 星川さんは生まれ持った武器とも言える攻撃的な切れ長の目で俺の顔をじっと見ていた。見下すような、哀れむような、それでいて隈無く私益を得ようとする肉食獣のような、貪欲でタチの悪い印象は借金の取り立て屋と同じだと思った。
 後悔渦巻く中、ふと星川さんの目が緩んだ。

「冗談だよ。そんなビビんなって」

 朗らかな笑顔が空気を柔和する。一瞬にして印象を変えた星川さんに目を奪われていた。
 星川さんは、注文を聞きにきた店員にかけそば二つを注文した。

「俺も金欠なんだわ。昨日パチンコですったあげく、引っかけた女が暴飲暴食でさ」

 「まいったよ」と、星川さんは眉尻を下げながら話す。星川さんにしてみれば場繋ぎの話題だったかもしれない。けれど俺は、星川さんが何も聞かず『俺も』と言ってくれたことで胸が随分軽くなっていた。思っていたほど悪い人ではないかもしれない。

「財布のなかスッカラカンだから、ここはお前持ちね」

 無防備なところにするりと刃を立てるのが上手い人だ。ズズズッと吸い上げる蕎麦の湯気が目に当たって痛い。かけそばのみのオーダーであったことには一応感謝しなければいけないのだろう。
 一杯のかけそばを食べ終わると、星川さんはお茶を飲み干しながら言った。

「俺にとっちゃどうでもいいんだけどさ、今後の付き合い方っていうのもあるし、訳があるなら聞いてやるよ?」

 星川さんはテーブルから体を離し、ボロボロの包装紙から煙草を一本取り出して銜えた。
 銜え煙草に切れ長の目、営業マンとは思えない着崩れたスーツ。同僚なのに深入りしないがいいと距離を取っていたが、こんな形でお近づきになるとは思っていなかった。
顔良し、ルックス良し、その気になれば契約をポンポン取ってくる要領の良さ。絆されている? 紛らわされている? 騙されている? もうよく分からなかった。
唯一納得してしまったのは、さり気ない仕草や話題で知らず知らずのうちに懐柔し、警戒する相手をも魅了してしまうのが星川玲の実力であるということだった。
気負わない空気を作り出す。後ろめたい事も噂と素行不良が絶えないこの人になら全てを話せそうな気がした。
だから俺は、ここ数ヶ月の間に起きた出来事をとうとうと話し始めた。
唯一の肉親である姉が借金をこしらえて部屋に転がり込んできたこと。取り立て屋に責められて恐い夜を過ごしたこと。返済の目処が付いた途端、姉は行方をくらまし蒸発したこと。残されたのは、それまで存在すら知らなかった姉の一人娘―――今現在、8歳の姪っ子と生活を共にしていること。
星川さんは黙って聞いていた。半分以上は呆れていたかもしれない。俺を見る目が「お人好し」と言っていた。でも何も言わず黙って煙草を噴かしていた。星川さんの吐き出す煙が目に沁みた。






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