最高の朝





朝起きて、隣に眠る人の存在を24年間生きて来て、こんなに愛おしいと思ったことは、きっとない。
昨夜のことを思うと疲れているはずなのに、いつもより早く目が覚めたのは、この人の寝顔が見てみたいと思ったからかもしれない。
レースのカーテンだけがかけられた部屋に淡い朝の光が入り込む。
その光に照らされ、寝ていてもなお崩れることのない顔というものは、どこか人間離れしているのかもしれない。
陶器のような白い肌。閉じられている目にびっしりと並ぶ黒く長いまつげ。すーっとっ通った鼻筋。
呼吸をしているのに、血の通わない彫像のような気がして、額に掛かる前髪をそっと上げて、キスを落とした。
触れた場所から温もりを感じて、やっと生きた人間だと実感する。
それと同時に沸々と湧き上がって来た嬉しさに、顔が綻ぶ。

やっと手に入れた

ベッドの中で、ぎゅっと抱きしめた体が、もぞもぞと動いて抵抗する。

それでも飽きることなく見つめていた寝顔の眉間に皺がより、薄く開いたそこから、佐々木さんと目が合った。

「おはようございます」

眠っている顔も良かったけれど、起きて見つめてくる黒い目の方が、断然良い。そう思っていると、

「あ…池田さん…」

一瞬誰かわからなかったというような顔をしたけれど、恥ずかしいのか布団の中に潜り込む。

「佐々木さん」

言って追いかけるように布団の中に潜り込むと、

「…なんですか?」

と蚊がなくように小さな問いかけをしてくる。

「おはようございます」

もう一度言うと、

「おはようございます…」

と小さな声が聞こえた。
女の子だって、次の日にこんなに恥ずかしがったりしないだろう…

夜はあんなにも大胆だった彼が、恥らう姿が愛しくて、もう一度腕の中に閉じ込める。

「…シャワー浴びますか?」

「一緒に?」

「一人で浴びてください…。朝食を用意しますから」

「え?」

「大したものは出来ませんけど…」

頭の中で天秤にかける。
佐々木さんと一緒にシャワーか、佐々木さんの手料理…
自分でもそれなりに食事は作るけれど、それでも朝から佐々木さんの料理が食べられるなんて…
夢のような申し出に、じゃあと言って、ベッドから抜け出す。
裸のままだったことを思い出し、股間を押さえて教えられた浴室に駆け込んだ。



熱めのシャワーを浴びる。

「ここにタオルと着替え、置いておきますね」

ガラス戸の向こうから聞こえてきた声に、何となく返答し、急いで体を洗う。
始業時刻から逆算をして、ぎりぎり間に合う時刻。
ちょっと、遅れるか?
いや、間に合うかな?
不安に思いながらも、浴室から出ると、そこにはタオルと一緒に新しい替えの下着にワイシャツとスラックス、靴下まで置かれていた。
スラックス…佐々木さんのだとしたら、短いし、細いはず…
時間の事を考えると不安になっていたから、嬉しいけれど、履けるわけがない。

そう思いながらも、手に取り、履いてみる。
ウエストが若干太いものの、ベルトで締めればどうにかなりそうだった。
それにもびっくりしたけれど、手触りからして、上質なものの感じがする…
いつも自分が身に着けている量販店のそれではないことが、俺でもわかる。
ひょっとして…

嫌な思考が持ち上がりかけたところに、

「池田さん、早くしないと遅れますよ」

と声が掛けられ、急いで部屋に戻る。

「ああ、ピッタリでしたね」

「あ、あの、これって…」

「知り合いの忘れ物なんです。本人に伝えたら、要らないから処分してくれと言われたんですけど、ものが良さそうだったので捨てるのももったいなくて…だけど、私には大きいし…池田さんが貰ってくれると助かるんですけど…やっぱり嫌ですよね?」

「え?いや…そんなことないです!家に帰らなきゃいけないと思ってたので、助かります。」

「本当ですか?良かった…じゃあ、食べましょうか。」

にっこりと笑って言われてしまえば、それ以上に突っ込んで話をすることが出来なかった。
知り合いとはどんな知り合いなのか…気になるけれど、出汁の良い匂いに胃袋が刺激される。
イタリアンのお店に勤めているくらいだから、朝は洋食派かと思ったけれど、意外にも和食だった。

「お口に合うかどうかはわかりませんが…」

そう言って、少し恥らうような素振りをする佐々木さんがあまりにも可愛くて、頭の中で考えていたことがあっという間に隅に追いやられた。
出汁の効いたおいしい味噌汁に、朝からおかわりをし、少し余裕を持って会社に行くために玄関に向かう。
先輩の中村と同じで、仕事用の鞄は会社に置きっぱなしにしてあるから、手ぶらだった。

玄関までついてきた佐々木さんがネクタイの歪みを直してくれた。
着てきた服を持っていないことに気づき、

「あ!服!」

「洗っておきますよ」

「いや…でも…」

「…わかりませんか?次に来てもらうための…口実だって…」

そんな事を言われたら…

歯磨きをした直後の口づけは、ミントの濃い味がした。

「お昼に必ず行きますから」

「わかりました。楽しみにしてます…いってらっしゃい」

「行ってきます!」

後ろ髪を引かれるように何度も振り返りながら、昨夜止めたコインパーキングに向かう。
振り返るたびに、通路から佐々木さんが手を振ってくれるから、その度に手を振り返す。

朝のさわやかな日を浴びながら、最高の朝だ!

そんな事を思っていた。







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