天使か悪魔か…2





思った以上に精神的に追い詰められるサスペンス。
新しく出来ただけはある最新設備の映画館。
四方八方から流れる音と目の前のスクリーンに映し出される映像の中に入り込んだような感覚に陥り、
最早、主人公と自分は同一人物なのではないだろうかと錯覚してしまうほどだった。
暗闇の中、犯人であろう人物の後をつける主人公。
それを煽るように暗く低く響く音楽と、靴音。
街の雑踏をすり抜け、人気のない細い裏路地へと誘われる。
入り組んだ裏路地に、男の背中を見失った。
右へ左へと曲がりくねった路地。
違う、違うそっちじゃない。右だって…と心の中で叫ぶ。
ニャーと鳴いた薄汚れた足元の野良猫すらも、悪魔の使いのように見えてしまう、暗い夜道。
月明かりとほんの少しの街灯の明かりを頼りに、見失った背中を追いかけていた。

静かに流れていた音楽が、徐々に大きく劇場内に鳴り響き、追いかけていたはずの主人公の後ろに犯人が!

それと同時に肘掛においていた自分の腕をぎゅっとつかまれ、思わずうわっと声を上げれば、その声に掴んだ本人もびっくりして、掴んだ腕をさっと離した。

「ご…ごめんなさい、びっくりしてしまって…」

きっと一番の盛り上がりを邪魔された。
だけど、俺の左肩に身を隠すような形になり、その唇が低く小さく潜めた息ともつかない声を吐き出せば、
左耳に直に流れ込んだ拍子にゾクリとしたものが背筋を這い上がってきたから、邪魔をされたと言う思いは起きてはこなかった。

「あ、いえ、こちらこそ…」

ドクドクとする心臓の辺りを掴んだ。
忙しなく血液を送り出す。
びっくりした。
だけど、この動きはびっくりしたからだけではない。
きっと恋をしているからだ。
この人の事が好きだって血液に乗せて、全身に伝えているように思う。
まだまだ、犯人と主人公の山場は続いている。
衝撃的な音と、台詞のたびに俺の肩に身を隠すようにする佐々木さんが可愛くて、愛しくて、仕方ない。
男同士だからとか、社会的に見てとか、そういうものを越えて、佐々木さんだから、好きなんだ…

こんな事を思っていたのは、目に見える「彼」しか知らなかったからだ。



「面白かったですね」

劇場を出て、既に暗くなり、閉店してしまった店舗の並ぶ店内を並んで歩く。
通路だけが明るく照らされ、駆ける人の足音が反響する。
まばらだった場内から、それでも吐き出されるように出てきた人達は、先を急ぐ。
バタバタと駆けては遠のく足音を聞きながら、今日は平日だったと思い出した。
明日も仕事だ。

「ええ、面白かったです。…あ、驚かせてしまって、すみませんでした」

「はは。びっくりしましたよ。本当に。何かの演出かと思いました」

横を通り過ぎて行く人達とは対照的に、二人でゆっくりと歩く。
駐車場までのその距離が、永遠に続けば良いのにと思われるくらいに…

「すみません…。…池田さんは、明日もお仕事ですよね?」

「はい。どこかでお茶でも飲みながら、ゆっくりお話をしたいとは思うんですけど…この時間だとさすがに…」

チラッと見た時計の針は23時を過ぎている。

「そうですよね…」

言われた言葉に、明らかに残念な雰囲気が漂っていた。
自分よりも少し下にある顔は更に下を向いているから、表情は見えない。
外に出る入り口を抜ける。
あれだけ多く止まっていた駐車場の車はほとんどなく、ひっそりとした中に春から夏への匂いを含んだ風が吹きぬけていく。

「あ…じゃあ、どこか」

願ったり、叶ったりだ。断る訳がない。
出来れば家に誘って欲しい。
佐々木さんは俺がこんなことを思っているなんて知っているのだろうか…

「いえ、そんなの悪いですよ。
明日も仕事ですし、池田さんにこれ以上ご迷惑をお掛けするなんて…
今日だって、付き合ってもらった訳ですから…」

「あ、でも、少しくらいなら…」

本当にそう思っている。どうせ、今日は帰ったって、眠れないのだから…

「いや…でも…」

もう少しで車に着いてしまう。
キーを取り出し、運転席側に向かう、その時、

「うちはダメですか?店からそう離れているわけじゃないから…
その…嫌でなければ、少し休んで帰られても良いですし…」

「え?」

「あ!やっぱりご迷惑ですよね…」

ちょっと待って!
それを望んでいたのは俺で、佐々木さんがそんなことを思うなんて…
ひょっとして…
ひょっとして…
ここで、断れる男がいたら、紹介して欲しい。

「いや!良いんですか?」

運転席側と助手席側で車を挟んだ状態で、最早雄叫びのような言葉になってしまった…

「あ…はい」

にっこりと笑った佐々木さんの笑顔に、確信に近い気持ちが頭を持ち上げる。
きっとそうだ。
佐々木さんもきっと…



きっと、俺と一緒の気持ちなんだ!







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