聖なる夜 2 シャワーを浴びて、寝室に向かい、クローゼットの前に置いていた紙袋を掴む。 何時そのタイミングが来ても良いようにと、シャワーを浴びながらリビングに持ち込むことにした。 いつ渡そう?どうやって渡したら効果的なのだろう?それともやっぱり渡さずに…… この期に及んでも、なおそんな消極的な思考が回る中、そっとリビングのドアを開けた瞬間。 眼鏡を外した目に入ってきた間接照明とツリーの放つ規則的な瞬きが醸し出した甘い甘い雰囲気に思考が一瞬にして霧散する。 自分の部屋なのに、自分の部屋じゃないようだった。 「佐々木さん」 自分の名前を呼ぶ声ですら、蕩けそうになるくらい甘い。 ソファに腰掛けていた池田さんが、ぽんぽんと自分の横を叩いて、促す。 座る位置はいつも同じ。自分が左で、池田さんが右。 自分の左側に座る人には、本性を見せて良い相手だと、何かの話で聞いたことがある。 言われるがままに左側に身を落とすべく、背中に紙袋を隠すようにして近づき、 ソファのアームで池田さんから見えない位置に音を立てないようにそっと置いた。 目の前のガラステーブルには、シャンパンと苺の乗ったショートケーキ。 池田さんが手を伸ばし、グラスを持って、手に渡される。 カチン… 合ったグラスが音を立てる。 「メリークリスマス」 「メリークリスマス」 一口含めば、シャワーの熱で火照った喉に、シュワシュワと炭酸が弾けて消えていく。 グラスの中をツリーの灯かりを閉じ込めた小さな泡が上っては弾け、上っては弾けを繰り返す。 それを一時楽しんでいると、 「そうだ、忘れないうちに」 言われて、右隣を見ると、池田さんがきれいにラッピングされた箱を差し出す。 「プレゼントです」 「あ……」 「開けてみてください」 「え…」 「ほら、早く!」 突きつけられるようにして、手に押し付けられ、受け取ると、ニコニコと笑みを浮かべる。 その目が早く!早く!とまるで散歩をねだる大型犬のようだった。 きれいにラッピングされたリボンを解き、包装紙を剥ぎ取ると、 手のひらに納まるくらいのかっちりとした箱が現れる。 そっと蓋を開けるとヌメ革で作られたキーケース。 「外回りしてるときに、見つけたんです」 箱の蓋をテーブルの上に置いて、そっとキーケースを取り出す。 手触りがよく、丁寧に施された縫製…… 「手作りですか?」 「そうなんですよ。職人さんが一針一針丁寧に縫っていくんです。 見つけたとき、この革の色が佐々木さんに似合いそうだなと思って…… あと、それだけじゃないんですけど…」 取り出したキーケースを開いてみると、鈍く光る銀色の何の変哲もない鍵がついていた。 「俺のマンションの鍵……」 「……あ」 「ほらっ!俺だけ貰ってるのっておかしいじゃないですか? 佐々木さんもいつでも俺の部屋に来てくださいって意味で……」 じわり……とこみ上げるものがあった。 よく聞く話。恋人同士が合鍵を渡しあう。 たったそれだけのことがどうしてそんなに重要なのだろう…と思っていた。 それは……いつでも来て良いって意味で… 池田さんのテリトリーにいつでも自分は入ってよくて、 いつでも、会いたいときに会いに行っても良いって意味で…… 「…あ、りがと、うございます……」 思わず涙がこみ上げてきそうになるのを、ぐっと堪えた。 「良かった〜」 隣で池田さんがホッと力を抜く気配。 どうしてそんなに緊張していたんだ?と不思議に思って、じっと目を見つめると、 「だって、佐々木さんに「要りません」とか言われてつき返されないかな?って心配だったから…」 「私はそんなことしませんよ!」 「えー、しそうですって」 「失礼なっ!!!」 「ごめんなさい」 謝られたところで、目が合って、同じタイミングで笑い出す。 ひとしきり笑いあったところで、背を正して、もう一度礼を言う。 「大切にします」 言って、ソファのアームの横に手を伸ばす。 一瞬やっぱりやめようかと思ったけれど、 振り切って勢いのままに紙袋ごと池田さんの前に突き出す。 「こ、これっ!」 緊張のあまりに声が高くなる。 「俺にですか?!」 「……はい、その……えっと……気に入らないかもしれませんが……」 不安で声が震えて徐々に小さくなって俯いた。 突き出した手から、そっと紙袋が取られ、俯いたままの耳にガサゴソと袋を開く音が聞こえる。 中に入ったラッピングされた箱を取り出し、リボンを解くシュルシュルという音が続いて聞こえる。 気に入るかな……不安が一気に盛り上がって、ドキドキと心臓が血液を送り出す。 「あ……」 池田さんの声にゆっくりと顔を上げれば、深緑のマフラーを握りしめて、顔を埋めていた…… 「あったかい。マフラー、買おうと思ってたんですよ。 それを佐々木さんから貰えるなんて……、嬉しい!嬉しい!嬉しいっ!」 嬉しいと連呼しながら、その体勢のままぎゅっと抱きしめられる。 ありがとう…と耳のすぐ横で言われて、良かった〜と先ほどの池田さん同様に力が抜ける。 「俺も、大切にします」 背中に回された腕が一瞬ぎゅっと更に力を入れられて、 言われた言葉がまるで自分に対して言われているようで、 また胸の奥から、言葉に出来ない気持ちが込みあがって来そうになった。 「あ!ケーキ食べましょう」 ホッとしたのか、声が軽い。 「はい」 グラスを取って、もう一度シャンパンに口をつける。 流れ込む炭酸が喉を刺激してシュワシュワと弾ける。 不意に、目の前に苺が現れる。 「はい」 そう言って、口元まで運ばれるから、小さく口を開けると、瑞々しくて肉厚な苺が口の中に入ってくる。 唇に粒々の感触。 シャンパンと苺…… 酸味が甘さを引き立たせる。 昔見た映画のワンシーン。 紳士と娼婦のシンデレラ・ラブストーリー。 真似るようにして、自分もケーキの上から苺を取って、池田さんの口元に運ぶ。 ぱくりと一口で食べ、シャンパンで流し込む。 美味しかったのか、頬が綻ぶのを見つめていると、 「もう一口……」 ケーキは二つ。その上に乗った苺も合わせて二粒だった。 これ以上はもうない。 そうれなのにもう一口? 不思議に思っていると唇を塞がれ、するりと舌が入り込んだと思えば、自分の舌に味わうように絡みつく。 微かに残る苺とシャンパンの味…… 自分も味わうようにして舌を絡める。 じゃれあうような口付けに熱が上がっていくのにそう時間は掛からなかった。 「……っん」 鼻から吐息が漏れる。薄い粘膜を刺激され、小さな快感が生まれる。 生まれた快感が背筋を伝って駆け巡りだした頃、唇を合わせたままそっと後ろに倒される。 上着の裾から入り込んだ少し冷たい手が、ゆっくりと体のラインに沿って動き、さっき生まれた快感を増幅させ、 池田さんの手の動きに合わせて移動する。 「……ふっ……んん……はっ」 漸く唇が離された頃には、お互いの息が上がっていた。 目を開けると、欲望を含んだ瞳と視線があった。 それを認めて、池田さんの首に腕を回す。 入り込んだ手のひらが、不躾に体を這い回り、そっと小さな頂に触れ、きゅっと摘まれて「あ…んっ」と声が漏れる。 ゆっくりと服が捲られ、露になったそこに唇が落とされる。 舌先で転がされて、徐々に血液が溜まっていくのが自分でもわかった。 池田さんがそっと唇を離す。 薄暗闇の中でもわかるほどに充血している。 「苺みたいで、おいしそう……」 そう言うと、またそこに唇を落として、ちゅうちゅうと吸われる。 「あ……ふっ……そこ、ばっか……」 「こっちも?」 下に動いた手に、反応していたものを不意に触られ、背筋が弓のようにしなった。 それでも、馬乗りのように重なった池田さんの体の重みで、動きを抑制され、 与えられた快感を逃がすことが出来ない。 「触って欲しいですか?」 欲情で掠れた声で囁かれ、コクンと頷くと、そっとズボンの上から触れてくる。 上下にさすられ、どんどん昂ぶるのに、生地を通しての刺激じゃ物足りない。 「いけ、だ、さんっ」 声と首に絡めた腕に力を込めて、不満を訴えると「わかりましたよ」と言い、 ズボンの腰の隙間からそっと手が差し込まれる。 それなのに、すぐさまそこを触るわけではなく、薄い皮膚の上を指先が行ったり来たりと繰り返す。 「も、もう、意地悪しない、でっ」 そういうと、大きな手のひらに包み込まれる。 動かされる度に恥ずかしい音が聞こえる。 一人だけ感じているのが嫌で、首から手を離し、ジーンズの上から池田さんの欲望に触れると、 同じように昂ぶっていた。 「はっ……んっ」 上から聞こえてくる掠れた色っぽい声が更に自分の快感を引き出される。 感じているのか、池田さんの腰もくねくねと動き、握りこまれた手に力が入る。 刺激が電気のようにビリビリと走って解き放ちたい衝動が襲ってくる。 「あ……ああっ……イ、きそう」 「イってください」 そう言うや否や手の動きが激しくなり、駆け上がった快感が、あっけないくらいあっという間に放出され、自分の腹に飛び散った。 はあはあと体全身で息をしている間に、池田さんが体を離して着ているものを豪快に脱ぎ捨てる。 次いで、ぐったりとした自分の服も脱がされる。 「……良いですか?」 覆いかぶさるようにしてキスをした後に、発せられた言葉に「はい」と返事をすれば、 先ほど放った欲望の証を池田さんの長い指が掠め取る。 その動きですら感じてしまい、声を上げそうになる。 触れるか触れないかくらいの感覚で指先が奥の奥へと移動する。 「……っあ」 解すように動かされ、優しく撫でられるだけなのに一度達した体は酷く敏感で、それだけでも感じてしまう。 つぷりっと入ってきた指先。 何度味わっても慣れることのない抵抗に一瞬眉をしかめてやり過ごす。 ゆっくりゆっくり入り込む動きに、徐々にそこが開いていくのがわかる。 一本だった指が二本になり、三本が入り込んで広げるように動かされ、そのうちずるりと指が引き抜かれる。 そっとあてがわれた熱い先端が、それでもメリメリと音と立てるようにして突き進む。 その動きに合わせるようにして、声が勝手に漏れる。 「あっ……あっ……ふっ……んんっ……ぁ」 「佐々木さんの中……熱い」 漸くすべてを飲み込んで、馴染むまでの間、ぎゅっと抱きしめて待ってくれる。 「……動きますよ」 耳朶を甘噛みされながら言われ、返事を待たずに池田さんが動き出す。 じんわりじんわりと動かされ、快感が尾を引いて移動する。 「あ……ああっ……い、い……」 「くっ……すごいうねるっ……」 段階をつけて注挿が早くなり、それにあわせてソファがギシギシと音を立てる。 それと一緒に自分の嬌声も断続的に漏れ、余裕なんて一つも持てなくなる。 もっと余裕があったのに…… 溺れさせることはあっても、自分が溺れることなんてなかったのに…… 霞の掛かったような思考の中、池田さんの声が途切れ途切れに耳に入ってきていた。 それなのに、その言葉だけは、クリアに耳に流れ込む。 「愛してます……知己さんっ……」 そう言われて、思ったままに口から言葉が流れだす。 「あっ……わ、たし、も……ああっ」 何とか発したその声に一際激しくソファが軋み、堪えきれなくなって吐き出した欲望の直ぐその後、 体の奥に熱いものが叩きつけられるのを感じていた。 目を開けるとカーテンの隙間から差し込む光とチカチカと瞬き、色をつけた光が入り込む。 そっと頭を持ち上げ、見渡して、そのチカチカが、昨夜池田さんが持ってきたツリーが放つ光だと認め、 時計を見ると、起き上がるにはもう少しだけ早い時間だった。 あの後、ソファでもう一戦交えたあと、寝室に動くのも面倒で、掛け布団だけ持ち込んで、 リビングの床に池田さんと絡みつくようにして眠りについた。 思い出して、ふと右隣を見ると、池田さんはまだ夢の中。 昨日散々自分を翻弄したようには思えない、あどけない寝顔にスースと立てる寝息。 その顔を見て、床の上に目を向ければ真っ赤なリボンと重なるように落とされた緑のリボンが見えた。 そのリボンを腕を伸ばして引き寄せて、自分の腕に巻きつけて、結ぶ。 そっと池田さんの唇にキスを落として隣にまた潜り込む。 朝起きて、枕元にはプレゼント。 気づいて喜んで貰えるだろうか? そう思いながらもう一度目を閉じ、眠りの中に入った耳に、 「サンタさんが来たっ!!!」 と喜んだ池田さんの声とぎゅっと抱きしめられる感触に、 跳ねるようにして起こされるのは、もう少しだけ後の話。 メリークリスマス! 〜END〜 [*前] | [次#] ≪戻る≫ |