Dans un bras 〜腕の中で〜





正直、真由子のことなんて、ここ一週間はきれいさっぱりと忘れていた。
目の前にいるこの男の事で跳ね上がる心臓の動きに、
思いあぐねていたくらいだから。
だけど、2年も一緒にいて、真由子の仕打ちはひどいとしか思えなかった。
失恋は、男の方が後を引く。
一般論であるだけに、実際そうなのだろう。


あの後、店に着いても、食事をしても始終元気の無い俺に、
高元もほとほと困り果て、申し訳なさそうに、事の顛末を聞いてきた。

結婚しようと思っていたこと。
クリスマス前にあったこと。
指輪が小包で届いたこと。
さっきの無かったことにされたこと…

俺はぽつり、ぽつりと話し出した。何故この男にこんなにも素直に話しているのか。
違和感を覚えたが、時々入る相槌に安心感を抱いたのだろう。
何とか話し終えた俺に、高元は、

「とにかく、飲みましょう」

そう言った。そこからは始終高元のペースだった。
さすがやり手と言われるだけはある。
酒の勧め方が異常にうまい。
だからなのか、これ以上飲んだら…という限界は知っている年齢の俺でも、
まずいとは思いながらも、勧められるままに飲んでいた。
しだいに、なんでこんなに落ち込んでいるのかわからなくなり、
大したことじゃないさと俺の顔には、笑いすら浮かんでいた。
愉快になったところで、高元が、場所を変えようと言い出した。
席を立とうとしたところで、案の定、足がもつれ、
倒れそうになる。

沢田物産で再会したときと同様、俺の腕をしっかりと掴む高元に、
酔いから来る浮遊感と一緒に身を任せた。

タクシーに乗ってどこかに向かう。
週末の街中は中々進まない。
たくさんの車のテールランプ、行き交う車のヘッドライトを見ているうちに、
俺は愉快な気持ちのまま、重くなり始めた瞼をそのまま閉じてしまった…


チャリン……

小銭同士のぶつかり合う音が聞こえ、意識が顔を覗かせた俺の左脇から右脇に力強い腕が回る。
そこで目が覚めた。

「とりあえず、俺の家。飲ませたのは、俺だから」

そう聞こえた声に、一瞬感じていた心地良さから、
急激に焦りが足元から這い上がる。

だけど、どうにも力が入らない。

飲み潰れて男友達の家に転がり込むことは、良くあることだ。
だけど、これは違う。この男は違うのだ!


自分の抱く感情に、後ろめたさを感じ、焦り、このままタクシーに乗って帰ると言って暴れた俺を、
それでも離れることのない脇に入った腕に力を入れ、タクシーの外へと引きずり出した。

まだ会って3回目。
普段の高元を知らない俺からすれば、強引とも取れるこの行動が高元に取ってどういうことなのかわからない。
脇に俺を抱えたまま、タクシーのドアを閉め、マンションに向かって歩き出す。

エレベータに乗り、6階に着く。

その間もがっちりと固められた腕は緩むこともなく、酔った俺を支え続けていた。

ポケットから出した鍵で、部屋のドアを開け、
半ば無理矢理に押し込められた部屋の玄関に入るや否や、

俺は高元の腕の中に閉じ込められていた

しっかりと背中に回された腕を意識しながら、高元の肩越しに見えたドアがゆっくりと閉まり、
廊下の光源が細くなっていく様を、見つめていた。




- 5 -




[*前] | [次#]

≪戻る≫


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -