Malice de Père Noël 〜サンタのいたずら〜



「はっくしょん!!!」

「中村さん!こっちまでご飯粒飛んで来たじゃないですか!!汚いなぁ…
二週間近くも休んだんだから、治してきてくださいよ!」

後輩の池田と得意先に新年の挨拶に行く途中、中途半端な時間になったので、2人で少し早い昼飯を食っていた。
ここの定食屋の味は、可も無く不可も無くだが、漫画が大量に置いてある。
少し早い時間でも、ここなら時間が潰せるだろうと入ったのだが、
考えていることが一緒なのか、営業のサラリーマンで結構席は埋まっていた。
暖房は然程、設定温度は高くないのだろうが、人が密集しているせいか、
湿度が異様に高かった。

風邪は熱は下がったが、咳と鼻水が出る。気分は相変わらず優れない。
こんなに女々しい男だと自分でも初めて知った。
読んでいる漫画も、目の上をさらさらと流れているようで、内容はまったく入って来なかった。

「あ!そうだ、中村さんは知らないんですよね?」
「何が?」
「沢田物産の佐藤部長、年末に倒れられて、長期入院になったんですよ」
「え?あの佐藤部長が?ってそういう事は早めに言え!」
「すみません。俺、あそこに大学の時の同期がいるって言ったじゃないですか?
で、年末にうちの課長とお見舞いに行ったんですよ。
後任が決まってるらしくて…えっと、名前なんて言うんだっけ…」

そう言って池田はかばんの中から手帳を取り出した。

「あ!あった。えっと、タカモトさんです。背が高いの高に、元気の元で、高元さん!」
「ふーん」
「何か、すごいやり手らしいですよ」
「佐藤部長は?俺、あの人にはすっげぇ世話になってんだよ。
見舞い行きたいから、病院と病室教えろ。今日、帰りに寄るから」
「沢田物産の後って確か次のアポまで時間ありましたよね。俺も一緒に行きますよ」

ここから病院は結構近かった。早めに言ってくれりゃ、飯食う前に見舞いに行けたのに…とぶつぶつ言う俺に、すみません!の一点張りの池田。
入社して2年目だから別に俺が同行することもないが、元々俺が回っていたところを多く引き継いだこともあり、
特に仕事が立て込んでたいたわけでもないから、こうやって一緒に回ることにした。

特に、これから行く沢田物産は、真由子の家と同じ駅だ。
会うという確立は低いが、正直行きたくないと思っていた。でも、誰かと一緒なら大丈夫。
そう自分に言い聞かせた。

年も明けた昼間の駅前通り。明るいからか、池田が話しかけてくれるからか、
先日涙と鼻水を堪えて歩いた道を反対方向に向かって歩く。
キラキラと光っていた街路樹は、今は裸の枝に電飾が巻きつけられているだけで、
重い気持ちになることは無かった。

この辺りで一番大きな会社の沢田物産に着き、応接室に通された。
咳き込んだ俺の背中を池田が擦ってくれていた。
不意にノックが聞こえたので立ち上がろうとしたときに、
応接室に入ってきた長身の男の顔を見るなり、俺は更に咳き込みながら、椅子からずり落ちた。

咳き込んで息が出来ない俺を、見つめる二人の視線。
一瞬妙な間があったが、先に動いたのは、この数日、俺が何度も何度も縋った声の持ち主だった。

「大丈夫ですか?」

俺の腕を掴み、いとも軽々と立たせてくれ、ズボンの埃まで払ってくれた。
恥ずかしさと、咳き込んだとで、真っ赤な顔のまま、

「す、すみま、せん。ありがと、うござい、ます」

油断すると咳が出そうになるのを堪え、詰まりながら言う俺に、

「やっぱり、風邪、引かれたんですね」

何かを含んだ物言いと、どこかにやけたこの顔に反応した俺の心臓は、
おかしいくらいに全身に血液を送り込んでいた。




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