Le coeur qui danse 〜踊る心臓〜






例えば俺が女だったら、どこかのドラマで見たような展開になるのだろう。
例えば高元が女だったら、「この前知り合った女がさぁ」と男友達にどこか自慢気に話していたのだろう。

俺と高元。
どこをどう見ても男で、戸籍上も生物学上も男で、
いったい何がどうなったのか、今の俺にはわからない。
けど、どうにもこうにもこれは不可思議な心臓の動きで、
抱いて良いものなのか、ましてや、人になんて相談して良いような感情ではなかった。

あの後、名刺交換と軽い挨拶をし、池田が佐藤部長と進めていた仕事の説明をした。
普通に話して、普通に話を聞き、仕事の話が一段落したところで、

「中村さん、この辺りにうまい店知りませんか?」

そう高元に聞かれた。

「ああ、知ってますよ。あのコンビニのある角を右に曲がって少し行ったところに、
創作料理の店があるんですけど、佐藤部長に教えてもらって、安くてうまいですよ」

「え?そこ、俺は連れて行ってもらったこと無いですよ!」

口を挟む池田を無視して、

「じゃあ、今度連れて行ってくださいよ」

涼しげな顔で言った高元に、どうせ社交辞令か何かだろうと思った俺は、

「いいですよ」

そう答えていた。しかし、高元は、それから、いつなら空いているのか?
今日にでも行きたいのだが…と伝えてきたもんだから、俺の心臓はまたバクバクと動き出した。
なんだろう、この感覚。何となく感じたことのあるこの感覚。
でも、それに気づかない振りをして、体調が戻ったら連絡しますよ。と言うのが精一杯だった。

沢田物産を後にした俺達は、佐藤部長の見舞いに行き、予定通りに新年の挨拶回りも終わらせ、
家に帰る電車の中で、俺は気づかない振りをした心臓の動きを思い出していた。
そして、高元の事を思うと忙しなく血液を送り出す心臓の鼓動をしっかりと確認した。
でも、認めてはいけない。そう思った。

喉の調子も良くなり、あれから一週間ほどたった週末の金曜日。
定時を2時間ほど過ぎた社内は人がまばらで、
急激に冷え込こんだその日は、暖房が効いているにも関わらず、感じた寒さにあの日の事を思い出し、
ふと見た窓の外に雪が降っていた。
初雪の降り始めを一緒に見た男との約束は覚えている。
でも、行動に移すかどうかは別である。
社交辞令だ。会ってはいけない。心のどこかで、踏み込もうとするもう1人の自分を押さえ込んでいた。

思い出すたびに動き出す心臓の高鳴りをもてあまし、窓の外の雪を見ていたときに、
俺の思いが通じたように机の上に置いていた携帯がブルブルと振動した。

表示された名前を見て、苦しさと同時にどうしようもない嬉しさがこみ上げていた。

震える左手の親指で通話ボタンを押した。

左耳に響く低い声は、何ともいえない感情を呼び寄せる。

時間と待ち合わせの場所を指定され、俺は雪のちらつく中、高元と食事をするために会社を出た。

待ち合わせに指定されたのは、コンビニだった。
外はかなりの寒さなので、助かった。
雑誌を立ち読みしながら高元を待つ。

「ちょっと待って。今日発売されてる雑誌も買いたいの」

聞こえた声に、読んでいた雑誌から顔を上げると、
もう二度と会うことはないと思っていた真由子だった。
びっくりして目を離すことの出来ない俺の視線を感じたのか、
ゆっくりと俺の方を見た真由子も一瞬にして動きを止める。

しばし見詰め合う。徐々に真由子の顔に焦りの色が浮かび始める。

「真由子?」

声を掛けたのは俺じゃない。
真由子と一緒にいた、男だった。
きっと、あの男だろう…

「あ、これ!この雑誌!」

そう言って俺に背を向け、無かったことにしようとした真由子の行動に、
黒い塊が胸の辺りに渦巻き始める。

男と一緒にレジに向かい、会計を済ませて逃げるように店を出て行く真由子を俺はずっと目で追っていた。

出て行った店のドアがすぐに開き、突っ立ったままの俺に気づいた高元が顔を綻ばせ、

「呼び出したのに、遅れてしまった、すまない」

走って来たのであろう。若干息を切らし、鼻の頭も少し赤くなって、前髪が乱れていた。
そんな高元に、俺はあの日と同じように、涙を堪えた顔で、

「いえ…」

とひとこと言い俯くことしか出来なかった。




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