勝利の笑み 2





一人きりで過ごす金曜日の夜。
1ヵ月以上経ったけれど、ここが自分の家だという感覚は薄く、未だに『高元の部屋』という意識の方が濃い気がした。
恋人と暮らしているという事実のような事実ではないような話を知っているのは、池田とユキちゃんの二人だけ。
二人とも相手は女性だと思っている。
断りきれない接待が入ったという高元がメールを寄こしたのは帰る間際で、
じゃあ池田と飯でも…と思って声を掛けたら、あっさりと断られた。
開けたドアの向こう側は、いつもと変わらず真っ暗ではあるけれど、
それでも家主が帰ってくる時間が遅いと思うと、寂しさが増した気がした。

帰りにコンビニで買ってきた弁当を食べ、風呂に入って、高元が帰ってくるのを待つ。
それでも時刻は、夜の9時。
日付が変わるころになるだろうか?
テレビを見ても、雑誌を見ても、ネットをしても、チクタクと時を刻む時計の音は反響するのに、
思った以上に進んでいない針を見て、何度目かわからない溜息が出た。

コーヒーでも淹れるか…

思って開けた食器棚の中に、ユキちゃんに貰ったマグカップが二つ並んでいた。
真っ白と真っ黒が一つずつ。
白は俺で、黒が高元…

そこで思い出す。

うららさんに貰ったほうって、確かクローゼットの奥に高元が押し込んでたよな?と。

何が入っていたのだろう?

興味がないかと言えば嘘になる。
俺だって男だ。
買ったことはないけれど、見てみたいと思う好奇心がむくむくと沸きあがる。

ある意味チャンスかもしれない。
高元がいたら、怒られる可能性が高いけれど、今は一人!

そう思うと、コーヒーが出来上がるのも待っていられない。

パタパタとスリッパを鳴らしながら、開けた寝室のクローゼットを漁る。
引っ越してきて、壁一面に備え付けられた大きなクローゼットは、半々に分けられた。
右が俺で、左側が高元。
迷わず開けた左側。
漁った痕跡を残さないように、こっそりと見て行くと、左の奥の奥の奥。
掃除機の後ろに隠されるように置かれたその袋。
うららさんに貰った引越し祝い。

意味もなく逸る心臓の動きをドクドクと感じるのはちょっとした罪悪感があるからだろう。
他のものを弄らないように、そっと取り出すと、ずっしりとした重さがあった。

リビングから点けっ放しのテレビの声がぼんやりと聞こえる。
そっとリボンを解き、開けて最初に出したものは、見慣れたローション。
真新しくないそれを脇に置き、まだ重みを持つ袋を、面倒だとひっくり返した。

バラバラと落ちてきたものを見て、ぎょっとした。

こんなものをうららさんはいったいどこで買うのだろう?

もう入っていないだろうと、袋を脇に置きかけると、中でかさかさと存在を主張するものがある。
もう一度袋の中を見てみると、ピンク色の封筒が入っていた。

開けて出てきた手紙に書かれていた文字。
その中の一行を見た途端、ばら撒かれたものの一つを思わず手に取っていた。


『これで英太も、一人の夜が寂しくないでしょ?』





飲んだことを後悔したのは30分ほど経ってからだった。
ドクンドクンと心臓が早鐘を打ち、血液が下半身を中心に駆け巡りだした。
視界がぼやけ始め、目に写るすべてがピンク色を帯びる。
体の変化に戸惑うばかりで、どうしたら良いのかわからなかった。

一人で慰めれば良いのだろう。
出すものを出せば、スッキリする。
だけど…一度や二度で治まるようなものでもないような気がする…

それでも我慢が出来ず、膝立ちになりパジャマのズボンと一緒に下着を太ももまでずり下げた。
掴んだ瞬間、背筋に快感の波が駆け抜ける。
すぐにやって来た大きな波に飲み込まれ、掌に吐き出す。
ハアハアと息をしているのに、放ったはずなのに、また立ち上がる気配がする…

恐い…

汚れた掌を見つめながら、治まることのなさそうな欲望に恐怖する。

ズボンと下着を一緒に引き上げ、次の波が来ない間に急いで洗面所に行き手を洗う。

高元…早く帰って来て…

そう思った瞬間、玄関で鍵が開けられるガチャリという音が聞こえる。
高元が帰って来た!
勢い良く洗面所を飛び出し、玄関へと向かう。
開いたドアから高元が入ると同時に、体ごと求めて飛びつこうとした瞬間、弾き飛ばされた…








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