引越し 最後だし、朝から片付けたほうが効率が良いだろ?そっちに泊まろう。 そう言ったのは高元だった。 平日の夜もちまちまと旅行鞄に服や雑貨を詰めては持ち込んでいたけど、部屋の中をひっくり返すほどのことは出来なくて、結局一気にするのはゴールデンウィークに入ってからとなった。 俺も高元も8連休組。4月いっぱいで退去ということにして、2日あればどうにかなるだろ?そう思ってのことだった。 大学の入学とともに引っ越したここで生活をしたのは10年。 増やさないようにと思っていたものは、それでも増えていて、要るものと要らないものを分ける作業は以外に単調で面倒臭い。 それでも日にちが迫っていると思えば、やらなければならない、しなければならない。 大型の電化製品や家具類は、明日、業者が来て処分してくれる。 結局自分のことなのに、そう言ったことをやってくれたのは高元で、高元がいなかったら、どうなってたんだろう?と思うけれど、実際にいるし、高元だから一緒に暮らすのだと思うとそんな考えも霧のように消えてしまった。 「よし。あとは?」 「後、引き渡すのは…ベッド。忘れてた」 「それは明日の朝で良いだろう、今晩どうやって寝るんだよ?」 「あ、そっか」 「載せれるものは今のうちに載せておくか…」 車のキーをジャラっと言わせて、パンパンに膨らんだ旅行鞄を高元が持って玄関に向かう。 俺も慌てて、持てるものを持てるだけ持って、後ろに続いた。 「無理するなよ」 「無、理じゃ、ない」 「そうか?俺には無理してるように見えるけど…」 「早く!早くすすめ!手が…、ちぎれる!」 「やっぱり無理してんだろ?」 そんな掛け合いをしながら、夜の駐車場に向かう。 そこに車が止まっていることは時々だった。 住人たちの暗黙の了解で、友達が来たらそこに止める、となっている駐車場に高元の車が止まっている。 いや、俺の勝手な想像だったから、裏切られたと思うほうがおかしいんだ。 高元のイメージからして、ベンツとかBMWとかのセダンだと思っていた。 まさか国産の四駆だなんて誰も思わないっていうのは10人聞いたら9人くらいが言いそうな事。 車を取りに行った日に駐車場まで見に行くことが色々な事情で出来なかったから、 秘密と言われていた車を見たのは次の日だった。 意外か?と聞いてきたところで、他の人にも言われたことがあるんだろうなという察しはつく。 それがどんな種類の人なのか…なんて考えるだけ無駄な気がした。 きっと聞いても嬉しい返事なんてもらえないから。 高元が後ろのドアを開けてくれたから、急いで荷物を放り込む。 「割れ物が入ってたら、どうするんだ?」 「入ってない。確認したから」 「そうか」 そう言ってまたアパートの部屋に戻る。 その作業を4,5回したところで、車の中がいっぱいになった。 時刻は午後9時過ぎ。 「一度、持って行くか?そうしたら、明日が楽になる」 明日が楽になる…そう言われると、頑張れる今日のうちに持って行っておきたいとも思う。 大きな音を立てると近所迷惑になる。 だけど9時ならまだ大丈夫だろ。単純にそう思ったから、うんと言って頷いた。 高元にしては珍しくファミレスで飯を食った。 駐車場があって、夜遅くまで開いている店…と言われ、思いついたのがファミレスで、そのまま口に出せば、 そこでいいか…と返事が来たから。 だけど、思う。 この男とファミレスはまったく似合わない。 遅い食事を終えて、部屋に戻り、先程と同じようにして車に荷物を詰め込むと午後11時を過ぎていた。 軽くシャワーを浴び、入れ替わるようにして高元が浴室に消える。 部屋の中を見渡すと、そんなに広くもない部屋が、やけに広く感じた。 物がない。それだけなのに、妙に広く感じる。 帰りにコンビニで買ってきたビールを飲んでいると、高元が出てきた。 俺のスウェットに上半身は裸。 裾が少し短いことに気づいたけれど、無視した。 首から掛けたタオルでガシガシと頭を拭きながら出てきた。 「俺にもくれ」 そう言って、飲み差しの俺のビール缶を奪う。 ごくごくと動く喉仏。 キスだって、それ以上の事だってしてる。 なのに、今日はそんな仕草一つ一つに妙に色気を感じて、恥ずかしくなり、俯いた。 「英太」 呼ばれる名前にすら、何かを含んでいるように聞こえる。 コトンと床にビール缶が置かれ、ぎゅっと頭を抱きかかえられる。 自分と同じボディーソープやシャンプーの匂いなのに、ドキっとした。 ポタンと冷たい雫が頬に落ちたのを合図に、顔を上げると、キスをされた。 「明日に取っておこうと思ってたんだけど…」 そういう声が聞こえ、なんの事だろう?そう思っている間に、キスが深くなり、高元の手の動きに意味を持ち始める。 キスの合間に 「ここでするのは最後だから…」 とか 「明日からは家だし…」 とか 色々な理由が高元の口から出てくる。 最後に 「俺のだから…」 という言葉を聞くと、体全部が高元を求め始めた。 この男の傍にいれば、大丈夫。 だって…こんなにも好きだから… 与えられる快感すべてが自分を気持ち良くさせてくれる。 物がなくなった部屋はやけに声が響く。 隣に聞こえるかもしれない…そう思うと、余計に煽られる。 この部屋での最後の夜。 高元が一緒で良かった。弾けた後の独特のだるさに負けて、眠りに着く前にそんなことを思っていた。 頼んでいた業者が朝の10時にやってきた。 起きていたけれど、体が辛くて、思うように動けない。 今日は高元の部屋に戻って片づけをしなければならないのに… そう言うと、笑いながら、そっちは急いでしなくても良いだろうと言われた。 最後に昨日愛し合ったベッドを何の疑いもなく持っていく業者にほんの少し申し訳ない気もした。 色々なことがあった。と思う。 足跡で書いてもらったラブレターや、不評だった売り上げ予想の棒グラフ。 勝手に合鍵で入ってたり、カレーを作ってくれてたり… 物ももちろんだし、高元以外の…例えば真由子とか、そういう思い出と離れてしまうという事に少しだけ、ほんの少しだけ、涙が出そうになった。 「これで最後か?」 「ん?…ああ、みたいだな」 言われてぐるっと見回した。 「よし。じゃあ、これ」 渡されたのはここの合鍵。なんの変哲もない銀の鍵。 これが今日までは意味のあるものだったのかと思うと、意味がなくなることを寂しくも思う。 だけど、管理会社に返さなければならない。 「じゃ、行くか」 高元に促され、部屋を後にする。 色んな思い出があるから、後ろ髪を惹かれるような気がしているのを察してくれたのだろうか? 差し出された手が前に進めるように導いてくれた気がした。 ドアを開け逆光で黒く見えるその手を迷わずに掴む。 これからも高元と一緒にいるために… 俺に出来ることは、一緒にいること。 ただそれだけだから… [*前] | [次#] ≪戻る≫ |