桜の花びらが舞う天気の良い日曜日の昼下がり、隣に高元のいない休日。

金曜日の夜に、

「車を実家に取りに行くつもりなんだが、お前も行くか?」

尋ねられて、うんと即答できれば良かった…と思う。
俺が「彼女」なら迷いもなく行くと言うだろう。
待ってましたと。

だけど…一瞬出来た間に考えが巡る。
こういう関係で「家族」に会って良いものなのか…
きっと混乱する、緊張する、何かヘマを起こす…俺が。

即答せずに上げた俺の顔にきっと複雑と書いてあったのだろう。

「いいよ。俺一人で行ってくるから」

寂しそうな笑顔を貼り付けた高元の顔が、痛かった。

こういう時はどうしたら良いのか?
一緒に行けば良かったのだろうか?

友達だ…取引先の相手だ…

高元の口からその類の言葉が出ても責めることなんて出来ない。
きっと俺も親に紹介するときには、そう言うだろう。

だけど、それを聞きたくないと思う自分がいる。
聞くときっと、痛いと思うから。


スーパーの入り口でカゴを掴む。
黄色いカゴ。
せめて帰ってきたときに、一緒に食事がしたい。
迎えたい。
きっと寂しい思いをさせてしまったから…

野菜コーナーに立つのは久しぶりだった。
春キャベツに新玉ねぎ。こういうところでも春を感じることが出来るんだなと思う。
雑多な社会でも、季節はずっと回り続ける。願っても、願わなくても。

まともに作れるのなんてカレーくらいだろう。
そう思い、一つ一つわかりもしないが手に取って見比べてみる。
ジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、牛肉にするか鶏肉にするか、はたまた豚肉にするか…
やっぱ牛かな。パックを取ろうとして、重なった手を認めて、引っ込めた。
ふと上げた目の先は、幸せそうな女性だった。
子供がいて、旦那がいて。

見渡してみれば、そこは家族連ればかりだった。
日曜日の昼下がりのスーパー。
当然だ。

その人たち一人一人にも人生があって、大切なものを持っていて…

俺は大切なものを大切だと声を大にして言えない。
誰よりも、何よりも大切だと、こんなに思うのに。
それでも諦めて、我慢しようと思っている。

なのに…

…聞くのですら、出来なかった。
高元の口から、「友達」「取引先」という言葉が出ることすら嫌だった。
痛いのが恐いから。

こんな自分で大丈夫なんだろうか…

足元がぐらりと揺れた気がした。
きちんと立って、高元の隣にいたいのに。
肩を並べて歩きたいのに。

見比べることも止めて、ぼんやりとした思考のまま、並べられた材料をカゴに入れていく。
会計を済ませ、高元のマンションへと向かう、いつもの街路樹の並ぶ大通りを歩いて。

行き交うカップルを見ないように、目をそらして歩いた。
それすらも嫌になって、途中で曲がって一本中の道を歩く。
大通りほど人はいなかったことに安堵した。

小さな公園の脇を通りかかったとき、公園の中の桜を通りから見上げる老夫婦がいた。

近づきながら二人を視界に入れていた。

「綺麗ねぇ」

「ああ」

たったそれだけの会話。通りすがりに聞こえた会話はそれだけだった。

だけど、二人の纏う空気があまりにも自然で、あまりにもほのぼのとしていて…


泣きそうになった。


前を見る。いつの日か、夜のこの道を高元と手を繋いで歩いた。
高元のコートの中だったけれど。
ドキドキしながら、いつか肩を並べて歩きたいと思った。
あの日と同じように等間隔にある街灯は、昼間の今では存在を街の中に隠している。

例えばこう考えよう。

いつか、俺も高元も歳を取って、しわくちゃのおじいちゃんになっても、俺は一緒にいたいと思う。
4歳も年上の高元は、きっと俺よりしわくちゃで、ひょっとしたらはげてたり、腹が出てたりするかもしれない。
ボケてわからなくなっているかもしれない。
それでも一緒にいたいと、今は思う。

一緒に過ごすために、その今は何をしなければならないのだろう。
辛いと思うことよりもしなければならないことがきっとある。
一緒にいたい、の積み重ねがそれなら、今の俺に出来ることはなんだろう?




もう少しで不恰好なジャガイモの入ったカレーが出来るという頃、玄関で音がした。
歩く音が聞こえて、リビングのドアがガチャリと開く。

「おかえり」

「ああ、ただいま。疲れた〜」

高元はそう言ってソファに倒れこむようになだれ込んだ。
火を落として、冷蔵庫からビールを二本取り出し、一本をソファの前のテーブルに置く。

「あぁ、ありがと。予想以上に混んでた。今日はカレーか?」

「うん」

手には冷たいビール缶。
その水滴を拭うようにしながら、二人がけのソファーの中途半端な位置に起き上がった高元を押しのけながら無理矢理に座り込む。

「…お前なぁ〜」

渋々ながら横にずれた高元の顔を見ないままに、

「なぁ高元」

「ん?」

カーテンの向こうは夜の気配が漂っている。
赤から青へのグラデーション。

それでも脳裏には桜の光景が見えた。
花を見上げる老夫婦。




「俺、ここに越して来てもいいか?」


沈黙。
断られない自信はあったが、もしかしたらと思う自分がいないでもない…。



ふわっと包まれた温かさと、耳元で囁いた低い響き。

「今日、俺が言おうと思ってたのに…」



重なる唇が離れた頃には、窓の外には深い青色。

桜の花びらの舞う、綺麗な満月の夜が広がっていた。





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