ちょっとした悪戯心で言ったことに、高元が平然と答えた。

「持ってるよ」

「は?…初めて聞くけど…?」

「言ってなかったか…」

「聞いてねぇよ! うっ!」

「大丈夫か?」

叫んだ拍子にあらぬところに激痛が走る。
急いで寄ってきた高元が腰をさする。その目に浮かぶのは…苦痛の色。

さっきまで散々な思いをさせられた。

だけど…そうせざるお得ない心境に追いやったのは俺で、信じろと何回も何回も言ってくれていたのに、
こんな思いをしなければ信じられない俺が悪い…と言えば言えなくもない。

その目を見ていると、痛いのは俺なのに、高元の方が痛そうな気さえしてくる。

「実家に置いてるんだ。取りに行くのを忘れていた」

「そう」

「ちょっと待ってろ」

そう言って高元はリビングを出て行った。
洗面所のドアが開き、バタンと音がして、今度は寝室の方へと動いた音がする。
バタンバタンと何度か音がして、高元が戻ってきたと思ったら、ひょいっと抱え上げられた。

「なっ!」

「重いから、おとなしくしてろ」

と言って、シーツを変えた寝室のベッドの上にそうっと寝かせられる。
一時前とは明らか違う扱いに笑いがこみ上げてきそうになったが、
まだ高元の目に宿る苦痛の色が見えてしまえば、
浮かびそうになった笑みを無理矢理引っ込めることにした。

「…ありがと」

「何言ってんだ。俺が悪いんだから、お前は当たり前だって顔をしてくれよ。…本当にすまなかった…」

ベッドの脇にしゃがみこみ、肘をベッドにつけた状態で俺の髪をゆっくりと撫でる。
既に午前一時を回った時間。
疲れと高元が撫でてくれる手があまりにも優しくて、開けていたい瞼が自然に閉じそうになる。
その耳に、

「俺はソファで寝てる。何かあれば呼べよ」

そう聞こえてきた。

なんで?そう聞きたい口が眠気で言葉を発することなく形だけを作る。

「俺が寝返りでもうって、お前にこれ以上の苦痛を与えたくないんだ。…じゃ、おやすみ」

そうっと手が離れた場所に、柔らかい唇を落として高元が寝室から出て行った。
パタンと閉められるドアの音を聞いて、
今日は高元の匂いに包まれて眠りたいと思った俺の願いは、叶えられることはないのだと知った。
だけど、それもほんの束の間で、急激に眠りの世界へと落ちて行った。






額にヒヤッとした感触があって、目をうっすらと開ける。
既にカーテンは開け放たれていて、起きてすぐの目には眩しすぎる光が入って来た。

「起こしてしまったか?おはよう」

高元の低い響きが聞こえて、額に置かれたものに手をやる。
濡れたタオル。

「熱が出てる。会社には俺から連絡しておいた」

「あ…」

徐々に覚醒する頭でさっき言われたことをもう一度頭の中で復唱する…

『会社には俺から連絡しておいた』……!

「な、なんて!?」

言った拍子にタオルがずれる。

「心配するな。英太の兄だと名乗ってある」

「…俺、兄ちゃんいないんだけど…」

「池田くんが出てたらやばかっただろうが、女の子の声だったから大丈夫だろ」

高元はタオルを直しながら平然と言った。
まぁ、何とかなるか…
と思うしかない。
変に思われたとしても、それで、俺と高元が付き合ってるなんて誰にもわからないし、
それが高元だとも断定はできない。
だから、大丈夫だ。
自分に言い聞かせて、ふと時計を見れば朝の9時を回っていた。
Vネックの黒のセーターに履き古されたジーンズという格好をした高元を認めて、

「た、高元!仕事は?」

急いで聞けば、

「お前を置いて行けるわけがないだろ?
第一、有給だって腐るほど余ってるんだ。こんな時に使わなくていつ使う?」

「それは…そうだけど…そっちはなんて言ったんだ?」

「弟が急病」

「弟、いるのか?」

「いや、いない」

ツクンと胸に針が刺さる。
微笑さえ浮かべながらもお互いに言ってはいるけれど、世間的に見て「恋人」と言えないこの関係。
公表して、高元と俺は付き合ってますって言いたいけれど…
それを快く受け入れてくれるほど世の中は甘くないし、理解も少ない。
でも、俺は高元が好きで、高元も俺を好きなんだ。
誰かに認めて欲しくて付き合ってるわけじゃない。
だから、これで良いんだ。
高元のそばにいたいなら、それくらいは我慢すれば良い。

トイレに行こうと立ち上がりかけたら、やはり痛い。
ぐらっと揺れる俺の体を高元に支えられて、トイレまで着けば、

「手伝ってやろうか?」

と言われ、やけに生々しく想像してしまい、

「自分で出来る!あっちに行け!」

照れるのをごまかすように怒鳴った。
わかった、わかったと笑いを堪えながら言う高元のトイレから少し離れたところに行った足音を聞いて用を足し、
水洗のレバーを引いて流れる水の音でコンコンとノックされる。
そのまま、寝室へ逆戻りをし、
買出しに行くという高元の広い背中を額に濡れたタオルを置いた状態でベッドの中から見送った。

ズキズキと痛むところも、熱っぽい自分の体も、最高に気分が悪いけれど、
こうやって高元に面倒を見てもらうのは悪い気がしなかった。

『お前を置いて行けるわけがないだろ』その言葉をすんなりと言ってくれる高元の気持ちが、
今の自分にきちんと向かっていることを感じながら、またまどろみの中へと落ちて行った。






バタンというドアの閉まる音が聞こえ、うっすらと目を開ける。
朝に起きたときよりも強くなった白い光に、
しばしばと目を瞬かせれば、その視界に高元の顔が写る。

「どうだ?」

さっきより熱が上がっているような気がして、体はだるく、食欲すらない気がした。
濡れたタオルは既に額から落ちていたようで、冷やりとした温度の低い高元の手が額に触れると気持ちよい。
その気持ちよさに目を細めれば、

「まだ熱いな。薬を買ってきたから、とりあえず何か食わないと」

食欲がないと告げても、胃が荒れるから、何か食えと言われて持って来たのは、
プリンにヨーグルト…
俺、子供じゃないんだけど。
でも、それなら食べられそうだと思い、ヨーグルトを少し食べ、薬を飲んだ。
次はこっちだ。と出したのは塗り薬で、自分でする!という俺に向かって、高元が、

「おとなしくしてれば、お前が欲しかったものをやらなくもないんだが…」

と言った。

正に注射を嫌がる子供と同じようにえさをぶら下げられる。
ただ、違うのはお菓子やおもちゃを欲しがる子供と違って、俺が欲しいのは「車」なのだ。
さすがにそれはまずいだろうと思い、

「いいよ。自分でする。そんな高いものを買ってもらうのは気が引ける…」

「まぁ、そう言わず。もう買ってしまったし…」

言われた言葉にびっくりしてあっけに取られていると、ひょいっと昨日のようにうつ伏せにされ、
抑えられた下半身を履いていたスウェットと一緒に下着を下げられ、剥き出しにされる。恥ずかしさを感じる間もなく…

昨日の今日で、もう買った…?
いつ買ったんだ?今さっきか?何を買ったんだ?俺の欲しかった車種か?
考えが他所の方へと飛んでいると、ひやりとした感触が急に当たり、

「ひやっ!」

「悪かったな…。こんなにして…」

いつもとは違う優しい感触で撫でられる。
性的な感じではないから…と思っていると、今度は中にも指が入ってきた。
目をぎゅっとつぶって恥ずかしさに耐える。
入り口付近だけが痛いようで、中はそうでもない。
だけど、一つ一つの動作をやりすごそうと思えば思うほど意識してしまい、
思考とは逆に俺の体は正直に反応を示しだす。
それでも唇を噛んでやり過ごしてはいるけれど、
当然高元からはベストポジションで見えているわけで…

「…勃ってる」

そう言われれば、別の熱がこみ上げて、体中を真っ赤にしていく。

「…しょ、うが、…ない、だろ!」

快感を逃しながら言えば、そのまま薬を塗りこみながら、あいてるほうの手で、俺自身を握りこみ、上下に擦りだす。

「や!」

叫んで腰を捻るけれど、離す気はないらしい。

「昨日は、俺だけイって、お前は少しも気持ちよくなかっただろ…?」

小さな声で言われてしまえば、そうだったんだけど…。

薬を塗りこんでいるところから、薬だけではないくちゅくちゅという音が響きだし、
高みに登らされることだけに没頭したほうが良いとさえ思えてくる。

やりにくいと呟き、そうじゃなくても力が入らない俺の体はすんなりと仰向けにされる。
少しでもこの羞恥から逃れようと目の上に手を置き、視界を塞いだとき、生ぬるく柔らかい感触に包まれた。

手をどかし、うっすらと見れば、高元の頭が上下に動き、その様がやけに扇情的で更に質量を増した。

口先では嫌だ、やめろと言ってはいるが、体は正直なもので、
高元の頭を両腿で挟み込み、その頭に手を押し付けて、
やめないでと言っているようなものだった。
視界に快感の涙が浮かびだした頃、高元の口の中で弾けた。
ゴクリと動く喉仏を見て、口の端を手の甲で拭った高元と目が合ってしまえば、恥ずかしさも最高潮で、
痛さも忘れて布団を掴んでその中に潜り込む。

「そんなに恥ずかしがることはないだろ?」

笑いながら言われたが、没頭し、溺れてしまった羞恥を認めたくなくて頑なに布団の中にい続けると、

「英太」

盛り上がった肩の辺りを揺すられる。
もう一度、

「英太」

優しく呼ばれ、目だけを出して答えれば、

「ほら、お前が欲しかった車だ」

差し出された手のひらを見つめる。

そこにあるのは、



手のひらに乗る小さな小さな赤いスポーツカーのミニカーだった。




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