匂い 1





「ユキちゃん、可愛いですよねぇ」

とつぶやいたのは隣の席の池田。

「あれ?お前、沢田物産の高橋さんが好みだって言ってなかったか?」

「由美子さんは大人の女って感じで、ユキちゃんは可愛い妹って感じなんですよね。
だけど、今お近づきになりたいのは、総務課の木村さんです」

と言ってきた。まぁ、確かにこれくらいの年の頃って色々と気が多かった気もするな。
と数年前の自分を思い出していた。

1週間ほど前に雑用のアルバイトで入った杉原ユキちゃん 21歳。
肩までの黒髪はさらさらと揺れて、名前の通りの白い肌。小さくて華奢な体が小動物を彷彿とさせる。
妙な加護欲をそそるユキちゃんは、男性社員のみならず、女性社員からも今のところは可愛がられている。

ただ、問題が一つ。
彼女が最初に俺を見て言った言葉は、

「中村さんって、一緒に住んでるうららと同じ匂いがします」

「…? 香水が一緒なのかな?」

「いえ、なんだろう?うまく言えないんですけど…何となく…雰囲気、というか、オーラ、というか…」

うららという人物を知らないけれど、名前からして女性だろうと思った。
まさか、高元に抱かれるようになって、俺は女性化しつつあるのだろうか…

だけど、そんなことを率直に聞くことも出来ず、悶々と考える日々だけが過ぎて行った。




まだ少しだけ冷たい風を受けて、高元と並んで街の中を歩く。
高元が欲しいものがあるからと買い物に付き合っていた。
相変わらず、行き交う女性の目は、高元に集中していて、バレンタインデーのときの苦い感情が持ち上がる。
本命だと言って受け取ってもらったのだから、素直に喜んでおけば良いと高元は言うけれど、
こればっかりは自信が持てない。
いつ、高元が俺の元を離れて行っても良いように…という背中合わせの感情は、何があっても払拭など出来ない気がした。

色々なショップに入っては、

「英太、これどう思う?」

とか、

「これなんか、お前に似合いそうだな。」

そう言っては、俺の体にあてがってみたり、意見を求めてくる高元。

「高元の買い物に来たんじゃないのか?」

「ああ、そうだな」

と言っては、何を買うでもなく、ぶらぶらとしていた。

いい加減疲れたなぁと思ったところで、

「何か、飲むか」

入ったのは落ち着いた雰囲気のカフェだった。
一番奥の窓際に案内された。メニューには、コーヒーとオレンジジュースしかなく、少ないなと思った耳に、

「ここの店はコーヒー一筋なんだ。しかもオリジナルブレンドだけ。うまいぞ」

高元に倣って、俺もコーヒーを注文した。
これを聞けるのは高元しかいない!と思い、注文をして、2人の前に香りの良いコーヒーが置かれて、ウェイトレスが去ったのを確認して、

「なぁ、俺って最近女っぽいか?」

思い切って、そう聞いてみた。

「は?」

「だから、…俺って、その…女性っぽいかなぁと思って……」

「いや、別にそんなことはないだろう?」

「だよな〜」

「どうしてそんな質問をするんだ?」

「ああ、最近バイトに入って来た子がさ、俺とその子が一緒に住んでる子と同じ匂いがするって言うんだよ」

「香水じゃないのか?」

「俺もそう聞いた。そしたら、雰囲気とか、オーラとかって言うんだ」

「で?」

「あ、いや、だから、その…高元と、そうなって…俺が女性化してないかなって…気になって……」

「ああ、そういうことか。うーん、別に変わってないと思うけどな」

「なら、いいんだ」

そうは言ったものの、何となくしっくり来ない。これは直にユキちゃんにうららとか言う人物の事を細かく聞いてみるかな?乗り気はしないけど…と思ったところで、コーヒーに口をつけた。

「…うまい」

「だろ?」

得意気に笑う高元の綺麗な笑顔に、慣れていたはずの心臓がドクンと鳴る。
この人を…この人だけが欲しいと切に思う。
高元がどれだけ俺を好きでいてくれるのだろうか?あの時の顔は忘れていない。
だけど、やっぱり自信が持てない。

それは、きっと、声を大にして、この人は俺のものだと主張することが出来ないこの関係だからだろう…

芳醇な香りを放つコーヒーを飲み干し、結局夕飯の材料だけを買って、高元のマンションに向かった。





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