色 山盛りの資料とノートパソコンを前に置き、座っているところから見える窓の外は、 冬の弱い日が差していた。 それでも、アスファルトの上にあった雪を溶かすには十分な日差し。 昨夜のラブレターは、朝起きたときには既に跡形もなく消えていた。 会議の資料をまとめる俺の傍らで、高元が部屋を物色しているのは視界の端に入っていた。 許容量を超えた資料の作成。 必死に追いかけている当の本人は、漫画を読んで笑ってた。 だから、一時、熱中していた。資料作成に。 パソコンでグラフの作成。去年の数値を何色にしようと悩んでいたときに、いきなり画面の前にグレーの物体が現れた。 「うわっ!」 「これ、持っててくれたのか?」 ギクリと鳴る心臓と、赤味を帯びていく顔、汗が吹き出るような感覚に、後ろからかけられる低い響きは、どこかからかうようだった。 ひらひらと揺れるグレーのそれは、ブランド物のハンカチ。 高元と最初に会ったときに、渡されたものだった。 捨てようとも思った。高元とは出会いの意味であるけれど、真由子とは別れの意味でもある。 再会できるという確立は非常に少なかったのだから、捨ててしまおうと思っていた。 それでも、洗濯機に他のものと一緒に入れて、アイロンまでかけたのに、どこに置いたか忘れていた。 出来るだけ平静を装って、照れていることを悟られないように、 「どこにあった?」 と、問えば、 「本棚のこれの上。」 頑として振り向くことを拒絶したかったが、これと言われれば振り向かない訳にはいかない。 赤い顔であることをからかわれることを覚悟して振り返ってみれば、右手にハンカチ、左手に小包の小さな箱を持った高元と目が合う。 今度は血の気が一気に下がる思いに、顔が青くなったような気さえする。 左手のそれこそ捨ててしまえば良かったのに… だが、さすがに給料の3か月分は捨てられない。というか、処分の仕方がわからないって方が正直な気持ち。 どちらの手とも見ずに高元の顔を見れば、左手を突き出し、にこっと笑って、 「これ、俺が処分しても良いか?」 「は?」 「俺が処分しても良いか?英太」 英太と呼ぶ声だけが強調される。一体何を考えているのか。 「悪いようにはしないから」 「別に良いけど…。まさか、売って儲ける気じゃないだろうな?」 「そんなせこいことするように見えるか?」 見えない。金に困ってるのは寧ろ俺の方だ。 「じゃあ、どうすんだよ?」 「秘密」 「……秘密ねぇ。まぁ、助かるけど。どうやって処分すれば良いのか、わかんなかったから……」 「そうか、楽しみにしとけ。コーヒー淹れてくる」 そう言って、キッチンへと向かう高元。 色んな思いが駆け巡る。見つかった恥ずかしさと、思い出したくない過去。 あの二つは同時に色んなものを俺に思い出させるから。 そういえば、ハンカチはどうすんだろ?持って帰るかな? そこまで思って、資料の作成に目を戻す。 これは明日中には仕上げなければならない。去年は不景気だと言っても、そこそこの数字はいけたから。 「俺なら、グレーにするな」 コトンとマグカップをおきながら高元が言う。 「グレー?何で?見にくいよ」 「だって、去年はグレーだろ?」 明らかにからかってるとしか思えない仕草で、ひらひらとするハンカチ。 ああ、確かにグレーだよ。色んな意味でグレーだった。 「で、今年の予想値は、ピンクだろ?」 「その配色、おかしいから!」 そう言った俺の手を取り、あの日と同じような仕草で、俺の手にハンカチを持たせた。 「これは、お前が持っとけよ」 そう言って、ハンカチを包んだ俺の手ごと高元が引き寄せる。 徐々に近づく高元の黒い目と黒い髪。 吸い込まれるように寄せた唇の柔らかい感触。 閉じた瞼の裏は、午後の明るい日差しで赤かった。 週明けに行われた会議で出した資料は、「見にくい」とかなりな不評。 そうりゃあそうだろ。グレーとピンクの棒グラフなんて。 [*前] | [次#] ≪戻る≫ |