足跡





夕方のニュースで夜半過ぎには雪が降ると言っていた。
確かに今日は寒かった。昼でも温度が上がらないから、吹き付ける風は冷たかった。
それが俺を余計に寂しくさせていた。


高元に急に仕事が忙しくなったとメールを送ってから1週間ほど。
その間に何回かメールは来たけど、そっけないものだった。
当たり前だ。男同士なのだから。

だけど、少しは期待する。

会えないか?

会いたい

という言葉が入っていないかと受信されたメールを開くときはいつも願う。
だけど、俺の望みは叶えられることはなかった。


出来る男代表のような高元に少しでも釣り合うように、
言ってくれた言葉の価値に値する人物になれるようにと考えに考えた結果、結局浮かんだ考えは仕事を頑張るということだった。
でも、その仕事中に何かあれば、高元ならどうする?
高元ならこういう時なんて言う?
と本人に確認しなければわかることのない質問ばかりで、だがそれをするのはひどく許さない俺がいた。

どこにいても、何をしても結局高元から離れることのない俺の思考は、同時に俺を苦しめていた。

金曜の夜に持ち帰った仕事をして、少し休憩をしようと見た時計の時刻は深夜の2時を回っていた。
それでも片付くことのない仕事の量に嫌気が差し、タバコに手を伸ばす。

今頃、高元は眠っているのだろう。

俺が変な意地さえ張らなければ、今頃会っていたかもしれない…
そう思うと、2本目のタバコに手が出る。

深く吸い込んだ煙の味がひどく苦かった。


もう少ししたら寝よう、そう思って資料に手を伸ばしたときに、机の上に置いていた携帯がブルブルと震えた。
バイブに合わせて光る着信のランプ。
表示された名前にびっくりし、急いで通話ボタンを押すと同時に、
なぜだか座っていたソファから立ち上がった。

「もしもし?」

『俺だ。…起きてたのか?』

聞こえてきた低く響きの良い声に心臓が跳ね上がる。

「うん。どうした?」

『いや、これから行こうと思うんだが…』

「俺んちに?!」

『ああ、会いたいんだ』

言われた言葉に素直に反応する俺は、限界だったのかもしれない。
既にタクシーに乗っていたようで、住所を告げ、携帯をパチンと閉じる。

高元がここへ来るのは初めてだった。

急いで部屋の中を片付ける。座っていたソファの周りは資料だらけ。
この1週間、仕事が忙しかったからか、不精で掃除なんてものもしていない。
いや、元々そんなにきれいではない。

急に訪れた嬉しい出来事に、慌てながらも、嬉しさを隠し切れず、せっせと片づけをした。






――――遅い。

どう考えても遅いのだ。

部屋もそこそこに片付けられ、何とか人が来ても良いような感じにはなっているのだが、当の高元が来ない。

途中で何かあったのか…と不安になり、外の様子を伺うべくカーテンを薄く開けて見た。

そこに、いつもの質の良い黒いコートを着た高元がいた。
足元を見ながらちょっとずつちょっとずつ進んでいる。

何やってんだよ!

そう思うと同時に寒さなど気にもせずベランダへ飛び出せば、その音に反応した高元が2階のここを見る。

「もう、見つかったか」

白い息と同時に言われる残念そうな小さな声と反するような反応の笑顔。

たった1週間。でも、1週間。会えなかったんじゃなくて、自分の意思で会わなかった。
高元に追いつきたくて。でも、それがひどく自分を苦しめた。
だからこそ、高元がすぐに部屋に来なかったことに腹を立てた。

だが、悪態をつこうとした俺の口は目に入ってきたものによって、言葉を発することを拒絶した。

高元の足元の地面。
ニュースの通りに降り始めたらしい雪が、黒いアスファルトの上にうっすらと白いベールで覆っている。
その雪を高元が踏んでたくさんの足跡を残し、一つの言葉を作っていた。


すきだ


普段の高元にしてはひどく幼稚な行動ではあったが、思いは十分に伝わった。
普段の高元では考えられない行動だからこそかもしれない。

寒さのせいだと信じたい目尻に浮かんだ涙を拭きながら、

「…俺も。……早く上がって来いよ…」

「わかった」

そう言ってアパートの階段へ向かう高元を迎えるべく、ベランダから部屋に入り、玄関へと急いで向かう。

開けたドアから滑り込んできた高元に抱きついたら、さっきいたベランダと同じ寒さを纏っていて、塞いだ口からはアルコールの味がした。
そして、いつもとは違う甘い女物の香水の匂い。

いったい誰と何をしていたのかと問い詰めたい衝動に駆られるけど、それでも今は会えた嬉しさを感じていたいから、黙っていることにした。

雪はきっとまだ降っている。
明日の朝にはきっと消えてしまうアスファルトの上の落書きのようなラブレター。
1週間仕事を頑張った俺へのご褒美のようだった。




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